千葉県内で複数の日本語学校を経営する75歳の男性が佐倉市の自宅マンションで死亡しているのが見つかり、殺人事件として捜査されている。近年、右肩上がりで増え続ける外国人留学生に対応しようと、他分野から日本語学校に参入する例が後をたたないため、留学生をめぐる様々なトラブルが報じられている。今回の件も、そういったトラブルのひとつが発展した可能性があるとみられている。だが、いま急増している日本語学校をめぐるトラブルは、留学生にまつわる話ばかりではない。日本語教師を目指す日本人も巻き込んだ問題が、各所で増加しているのだ。
十年、働いていた事業所が閉鎖されたため、新しい仕事を探していた都内在住の奈津美さん(仮名・40代)は、手に職をつけようと日本語教師として働くことを考えた。そして、日本語教師養成講座の資料をいくつか取り寄せて、説明会にも足を運んだ。
「日本語教師養成講座では、教壇実習もあわせて420時間を修了する必要があります。たいていは6か月かけて行われ、費用は50~60万円くらい。一部の学校は3か月で終えられると宣伝しているところもありましたが、無理があると思って敬遠しました。千葉の事件に関係しているかもしれない学校も、3か月コースがありましたね。
複数の学校が参加する養成講座のパンフレットを取り寄せたり、一度でも問い合わせると、何度でも連絡が来ます。そして、色々な割引制度を紹介されます。早期割引、新卒割引、退職者割引という実質老人向けの割引もあります。それでも50万円くらいかかるので、決して安くはないです」
講座を受講してもらおうと熱心に誘うのだが、その後の就職などについて丁寧な説明をしてくれることはほとんどない。「養成講座さえ受ければ、誰でも日本語教師になれるかのように誘う学校が少なくありませんが、実際はそうじゃない」と奈津美さんは憤る。
「養成講座で一緒になった同級生のほとんどが、定年後のお年寄りか主婦でした。受講するうちに気づいたのですが、国文でもなんでもない短大卒の私は、養成講座を修了するだけでは日本語教師として正規に雇ってもらえない。日本語教育能力検定試験に合格するか、四年制大学の日本語教育コースか国文科卒業と同等以上の学歴が必要なんです。その話を同級生にしたら、このままでは日本語の先生になれないとうろたえる人が何人もいました」(奈津美さん)
日本語学校の事務で働く由美子さん(仮名・30代)も、「うちの学校の養成講座も、老人と主婦ばかりです」と苦笑いしながら言う。
「説明不足は、日本語教師の世界ではよくあること。学校と留学生は増えているのに、日本語教師は足らないので、教員養成が急務なのは本当です。実際、うちの学校もいつも求人を出しています。そういう名目で養成講座を開くのですが、基準が厳しくなったので本当は四大国文卒など高学歴か、受験者の2割しか合格できない日本語教育能力検定試験に合格できないと日本では雇えない。以前、講座への誘い文句に就職のあっせんを強く打ち出していたことがありましたが、高卒や短大卒は紹介できなくなったので修了生と揉めたことがあります。それ以来、終了後の就職については口を閉ざすようになりました。教師補充の役割を果たしていないのに講座を続けるのは、受講生が増えれば収入になるからです」
とても学校とは思えない雑な仕組みと対応がまかり通っているのには、そもそも日本語学校が、「学校」と名はついているが特殊な組織だということにも原因がある。基本的には法務省が管轄しており、教育機関という意味での資格審査については基準が曖昧で、日本語教育能力検定試験も民間資格だ。ところが、学校数が急増するとともに、日本語を教える役割を十分に果たさない学校の存在が問題視され、文部科学省からも教育課程について指導を受けるようになった。法務省も、設置基準を徐々に厳しくしている。
そういった経緯を経て、以前は短大卒以上で420時間の養成講座を修了すれば教壇に立てていた日本語教師の業界は、教師として採用する人の基準を厳しくした。難関の日本語教育能力検定試験に合格するか、大学で日本語教育コース修了と同等以上の履修歴が求められるようになったのだ。ところが、数年前の基準で働いていた人の体験談をそのままみせて、基準が変更されていることを黙ったまま、新規の養成講座受講生を集めている学校が少なくない。