「昔は留置所から調べ室に出しては、たばこを吸わせたり、コーヒーを飲ませたり、チョコや菓子を食べさせたり…。いろいろと問題はありましたけど、そうやってコミュニケーションを取ってね。気を許すようになると、あいつらも『あっ、刑事さん思い出しましたよ』と自供を始めるんですよ」
留置所の食事は決まっていて、菓子はなし、たばこを吸えるのは朝2本のみ。喫煙者には特に我慢が強いられる。そのため食べ物やたばこは、自供を促す最強のツール。昭和の刑事ドラマで見かけたこんなシーンは、本当に実在していたのだ。
食事は留置所ごとに違うが、ある署の定番メニューはたとえば、ご飯にきゅうりのキューちゃん、コロッケの弁当に粉末味噌汁。三食いつも揚げ物という署もあれば、朝はあずきマーガリンのコッペパンが定番の署もある。羽田の東京空港警察署は、留置所の食事も機内食を作っている会社が担当しているので、評判がいいらしい。
金を出せば昼だけ違うモノを食べることができるシステムになっているが、金のない泥棒は、羽振りのいいヤクザがうまそうな弁当や牛乳を取って食べるのを黙って見ているしかない。そうやって見ていれば自分だって、チョコやコーヒーが欲しくなる。
「ちょっと何個か思い出したから、あの刑事さんに言ってください」
泥棒は留置所の担当にそう伝言し、向こうから声をかけてくるようになる。調べ室に出て菓子やコーヒーにありつきたいのだ。泥棒によっては、「あの刑事さんじゃなきゃ話さない」というやつも出てくる。調べ室に出てくるメリットを感じさせれば、それが自供へとつながる。
「正月は自宅でお節料理を詰めてさせて出勤し、食べさせてたね。正月でも、留置所で出るのはミカンぐらいで。別のモノを少しでも食べさせると涙流してね。その日にしゃべるってわけじゃないけれど、一生懸命思い出すというか。まあ、今やったら違反ですけどね」
昔は留置所に、半年から8か月、10か月いるのもザラで、寒い冬をしのぐため、留置所に入ってくるやつもいた。そんなやつらも、年末年始には寂しくなりやすい。お節料理はことのほか、泥棒の心に染みたらしい。
引き当たりの時は車で外に出るから、かつ丼を食べさせたり、甘味を食べさせたり、弁当を買って一緒に桜を見ながら食べたりと、表の空気を吸える楽しみを与える。すると、現場を案内させて説明させているうちに「あっそういえば、もう1つ思い出しました」と話し始めたりするという。
「これが今では、たばこはダメ、コーヒーもダメ。飲み物は水か白湯。お茶は被疑者用に買ってあるお茶のみ。引き当たりでも、警察から弁当を持って行くだけ。自分で買ったペットボトルはダメ。金がかかるのはダメなんですよ。こうなると調べ室に出てきて、自供する楽しみも引き当たりの面白さも何もない。留置所でごろごろしている方が楽ですからね。誰も白状しなくなりますよ。
まっとうにやっていたら検挙が切れなかったんじゃないかというのも、昔はあるんですよ。でも、それで解決すればいいしね。でたらめに逮捕しているわけじゃないだから」
あめ玉をしゃぶらせてまで自供させるのは、事件を解決し、被害を受けた人を安心させるためだと、元刑事は締めくくった。
「泥棒は人を殺してるわけじゃないんでね」