いまだ鉄道は男の職場という意識は根強いが、戦中や戦後間もない頃の鉄道は女性が支えてきた事実も忘れてはならない。
戦時中、男たちは兵士として戦地に送られた。他方、女性は軍需工場や郵便配達、電車の運転などを任された。特に、市民の足として欠かせない交通機関だった路面電車では多くの女性が活躍した。
女性職員を積極的に採用した函館市電では、戦後に男性職員が復員したことで女性は失職。函館市電で働いていた女性たちの活躍を惜しむ市民たちの思いは強く、1992年に復活した箱館ハイカラ號では女性車掌を起用。女性職員が函館市電に戻った。
広島電鉄は、戦中に女性運転士を養成する広島電鉄家政女学校を開校。女学生たちは学業を学ぶとともに電車の運転技術などを磨き、広島市民の暮らしを支えた。
“女性が輝く社会”を掲げた安倍政権は、2015年に女性活躍推進法を成立させた。安倍政権が鳴り物入りとして掲げた女性活躍は、すでに世間から忘れられつつある。そのため、看板倒れの政策との指摘もある。
それでも、時代の後押しもあって鉄道事業者における女性社員の比率は着実に上昇している。男女雇用機会均等法の施行から20年以上もの歳月を経た2018年、JR東日本の男女比率は男性社員が約4万7000人、女性社員は約7000人となった。
JR東日本の企業規模からすれば、女性社員数は決して多いとは言えない。また、他業界に比べれば、圧倒的に女性比率は低い。とはいえ、前述した”事情”を理由に、女性が少ないことを正当化できる時代ではなくなった。
今後、鉄道業界における女性の活躍フィールドは拡大するだろう。雇用する側の鉄道会社にも、それが求められている。
早晩、“鉄道は男の世界”というレッテルが剥がされることを願いたい。