音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、昨年、真打ちに昇進した柳亭こみちの、女性演者らしい演出が光る『富久』についてお届けする。
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面白い偶然があるものだ。前回、橘家圓太郎の『富久』について書いたが、その「圓太郎ばなし」の会からちょうど1週間後、今度は圓太郎から教わった『富久』を柳亭こみちが演るのを観た。
神保町らくごカフェでの火曜恒例若手二人会「らくごカフェに火曜会」、11月20日は三遊亭天どんと柳亭こみちが出演した。まずこみちが演じたのは『附子』。桂枝太郎が狂言を落語に作り替えたもので、旦那が水飴の入った瓶のことを「あの中身は附子という毒だから舐めたりするな」と注意して出かけた留守に、定吉と権助が中身を全部舐めてしまう。軽妙な味わいの楽しい小品だ。
天どんが『小間物屋政談』と『イタチの留吉』(三遊亭圓丈作)を披露した後、トリのこみちが演じたのが『富久』。久蔵が丸屋の旦那から「鶴の八八八」の札を買うことから圓太郎と同じ型だと気づいたのだが、こみち独自の工夫が随所に加えられている。まず、冒頭で久蔵に声を掛けるのは丸屋の旦那ではなく芸者の「おたま」。彼女が「丸屋の旦那から富くじを買ってきたところなの」と言うのを聞いて久蔵も買いに行く、という設定だ。
日本橋石町が火事と聞いて駆けつけた久蔵が箪笥を担いだりするところは圓太郎のままだが、お内儀さんが久蔵に「心配してたんだよ、よく来たね」と声を掛けるのはこみちが加えた演出。浅草三間町が火事になって番頭と一緒に出掛けた久蔵が店に戻ってきたときも、お内儀さんが久蔵に優しい言葉を掛ける。芸者やお内儀を出すのは女性演者としての個性を活かした効果的な演出だ。