小笠原:ああ。ぼくはひとり暮らしのかたを1年に10人くらい看取りますが、全員の鍵を預かってますよ。
垣添:今、病院で約8割のかたが亡くなっています。しかしこれから間違いなく来る多死社会で、それは成り立たない。国は「地域包括ケア」とかいろんなことを言って在宅に誘導していますが、地域によって取り組みに濃淡があるのが現状です。
誰よりも早く、30年も前から在宅医療に取り組んでこられた小笠原先生の近くの地域に住んでいるかたは幸せですよ。でも先生は今、遠隔医療もやっていらっしゃるんでしたね。
小笠原:つい最近、岐阜から遠く離れた北海道の患者さんを看取りました。北海道のドクターからこんな電話があったんです。「末期のがん患者さんで、黄疸も出てる。苦痛のあまり、入院先の病院で鎮静をかけたら呼吸が止まりそうになり、鎮静は中止した。ご本人は苦しみながらも『家に帰りたい』と訴えています。私は在宅医療でがんの患者さんを診た経験がないんですが、小笠原先生だったらどうされますか」と。
ぼくは「緊急退院させます」と言いました。「退院すればうまくいくことが多い。薬の使い方は教えるので、苦痛は取れると思うけど、もし取れなくても家に帰りたいという願いが叶うんだから」って。
垣添:そうですよ。
小笠原:退院後、眉間にしわを寄せ、「大丈夫かしら」と不安がっていた娘さん姉妹にぼくがテレビ電話で話していると、患者さんはぼくの声が聞こえているみたいで、目も少しだけは動く。娘さんたちに「もうすぐ亡くなるんだから、お母さんの好きなようにしてあげたら」とか何とか話をしていると、「そうなんですね」と納得されて、その日にお風呂に入れてあげたんです。そうしたら患者さん、笑顔になってね、翌日も生きてる。3日目、初孫ちゃんにランドセルが届き、喜んで背負ってる姿を見ているときにコトッと息絶えられたそうです。自宅で2泊3日して旅立たれました。逆転満塁ホームランですよ。
あとで娘さんたちが、亡くなった後のお母さんの写真をメールで送ってくれました。「この穏やかな顔を見てください」って。もちろん大切なお母さんが亡くなったのですから、悲しいですよね。でも、最期にお母さんの希望を叶えて笑顔にできて見送ってあげられたから、娘さんたちも、本当に嬉しかったみたいです。
垣添:遠からず亡くなるのは間違いなかったわけで、そういう意味で私も極めて幸せな亡くなり方だったと思います。病院だったら苦しんで、まったく別の亡くなり方になったでしょうから。
小笠原:病院のトップまで務められた垣添先生も、そう思われますか。