13日目に対戦した日馬富士に土俵下まで転落させられる寄り倒しで敗れ、稀勢の里は左肩と胸を強打。苦悶の表情を浮かべた。“得意の左”がこれ以降、万全な形で繰り出されることはなかった。
その後、ケガを抱えながらの戦いのなかでも、モンゴル横綱たちの動きに翻弄された。
昨年の11月場所、稀勢の里は初日から4連敗した。1場所15日制が定着した1949年の7月場所以降では、横綱としては初めてのことだった。
「稀勢の里は初日の取組で膝を痛め、本来ならその段階で休場ということも考えられたが、場所前に白鵬と鶴竜のモンゴル横綱2人が“稀勢の里が出るならいいじゃないか”とばかりに早々に休場を決めており、“1人横綱”だった。元来の真面目な性格もあり、“相撲ファンのためには休めない”と無理したことが不名誉な記録につながってしまった」(同前)
横綱としてワーストとなる8連敗には、この4連敗も含まれる。
※週刊ポスト2019年2月1日号