ただ、『トレース』は1・2話放送時、あまり評判はよくありませんでした。その主な理由は、「バラバラ殺人などの陰惨な事件が重すぎる」「虎丸良平(船越英一郎)のパワハラがキツイ」などの否定的な声が飛び交い、『科捜研の女』を意識したタイトルも含めて批判が殺到。「視聴率もすぐに1桁に落ちるだろう」と見られました。
しかし、視聴率はわずかに下がっただけであり、評判も「毎週最後は泣かされる」「虎丸のキャラが抑えられてきて見やすくなった」という声があがるようになりました。近年の視聴者傾向である「1話ですぐに見切りをつける」という様子があまり見られなかったのです。
これは“科捜研”というジャンルが、「『科捜研の女』が20年も放送されているほどニーズのあるものだった」ことが大きいでしょう。また、制作サイドも、「このジャンルなら見続けてもらえるはず」「見続けてもらえたらエピソードの良さや虎丸の変化もわかってもらえる」という目算があったと思われます。
そもそも1・2話で批判を受けたのも、ニーズのあるジャンルだから。「見た上で批判を受ける」のは人気があるジャンルだからであり、「いろいろ言いながらもつい見てしまう」、さらに「見ているうちに気になるドラマになってきた」という作品ではないでしょうか。
◆「批判すらしない」冷ややかな人も
『トレース』は、このまま一定の数字と評価を得たまま最後まで駆け抜けることが推察されます。
ただ、「アンチが少ないか」と言えば、そうとも言えません。当初『トレース』に批判の声をあげた人の中には、“一話完結の事件モノ”が好きな人々が多かったのですが、批判すらせず冷ややかな目を向ける人も少なくないのです。
「月曜夜から重いものばかり見せられたくない。明るいものなら見るのに」という嘆きから、「刑事、弁護士、科捜研……月9がテレ朝をトレースしたように見える」という皮肉まで。その声は批判よりも、ある意味で辛らつです。
『トレース』は「『科捜研の女』がまさかの休止」という望外の追い風を得て、それなりの成功を収めましたが、月9ドラマ全体のイメージアップにつながったわけではなく、春以降の作品が順風満帆とは言えません。
もしフジテレビが「3作連続で視聴率2桁を獲れたから、この戦略を続けていこう」という方針を固めたとしたら、それは目先の数字にとらわれた危険な兆候ではないでしょうか。その意味で『トレース』の幸運は、必ずしも月9ドラマの追い風とは言えないのです。
【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本超のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。