「これはもう、『天と地と』をやりおおせたことへの角川さんのご褒美以外の何ものでもないですね。『待っていたのは、それだ』の延長線上にあると思います。
寅さんのように役者と役柄が完全に一致するという出会いはなかなかないものですが、私にとっての浅見がそうでした。
役者は役作りをしていくのが普通なのですが、最初に原作を読んだ時『なんで内田先生は俺のことを知っているんだろう』と本気で思ったくらい、びっくりするくらい自分の本質と似ていて。初めてお目にかかった時、内田先生も『そこに浅見光彦がいた』と思われたそうです。
市川崑監督は繊細な演出をされる方でした。『この時の気持ちはこうだから──』というのではなくて、『エノちゃん、中空にふっと目線を上げて、そこで優しい目をしてごらん』とか。それでこちらは分からないまま撮ってくれていて、後で観たらそれが流れ上でもうこの表情しかないようになっている。人を許す時の眼差しとか。それが監督の計算なんですね。凄い人だと思いました。迷わずに言われた通りにすれば、それがパズルとして組み合わさっていく。そういう瞬間を感じていました。
そういう下地を監督が作ってくれたおかげで浅見の存在が自分の中で腑に落ちたので、テレビに入ってからもスムーズに移行することができました」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
■撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2019年2月15・22日号