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2019.02.24 17:00  マネーポストWEB

原宿ホコ天、ワンダーエッグ… 平成前期に東京から消えたモノ

1980年代の原宿の歩行者天国の様子(写真:時事通信フォト)


 平成の30年間で、首都・東京近郊には六本木ヒルズ、東京スカイツリー、東京湾アクアラインなど、次々と新名所が完成しましたが、新たに生まれるものあれば、消え去るものもあるのが世の定め。ライターの金子則男氏が平成前期(1997~2001年)に東京近郊から消え去ったものを紹介します。

【河田町のフジテレビ本社:1997年】
 今やお台場のイメージが完全に定着したフジテレビですが、以前は新宿区河田町(最寄り駅は都営新宿線の曙橋駅)に本社がありました。その跡地にはURによる高層住宅が完成しています。

【原宿の“ホコ天”:1998年】
 車の通行を止める「歩行者天国」は全国で行われていますが、「ホコ天」と言えば原宿のこと。1980年前後の竹の子族、1990年前後のバンドブームなど、幾度のブームを生んだホコ天ですが、周辺道路の渋滞解消などを理由に廃止されました。ジュン・スカイ・ウォーカーズ、BAKU、KUSUKUSU、THE BOOM、THE FUSE、池田貴族がいたremoteなどがホコ天出身。廃止はもったいなかったような気もします。

【東急百貨店日本橋店:1999年】
 江戸時代の白木屋より実に300年以上の歴史を重ねてきた東急百貨店の日本橋店。戦後に東急傘下に入りましたが、バブル崩壊後に売り上げ低迷が続き、今から20年前の1月31日、その長い歴史に幕を閉じました。その後には「コレド日本橋」が2004年にオープンしています。

【川崎球場:2000年】
 施設自体はなくなっていないものの、すっかり様相が変わってしまったのがこの球場。かつてはロッテ・オリオンズの本拠地で、プロ野球ファンの間では伝説の「10.19」(1998年)が行われたのもこちらですが、1991年にチームは千葉へ移転し、2000年には球場も閉鎖となりました。その後、スタンドが撤去され、アメリカン・フットボールの球場に。現在は川崎富士見球技場という名前になっています。

【ナムコ・ワンダーエッグ:2000年】
 住みたい街調査では必ず上位に入る二子玉川が再開発されていた当時に登場したのがこの遊園地。名前からもお分かりのように、ナムコが運営するこちらのテーマパークは、1992年に開園すると、1996年にワンダーエッグ2、1999年にワンダーエッグ3と、二度のリニューアルを重ね、2000年12月31日に閉園しました。その跡地にできたのがタワーマンションと二子玉川ライズです。

【有楽町そごう:2000年】
「地域一番店」を掲げ、積極的な事業展開で一時代を築いた「そごう」。有楽町駅前にあった有楽町そごうは東京を代表するデパートでしたが、2000年、44年の歴史に幕を閉じました。その後にはビックカメラが入居。これ以降、デパートが去った後に家電量販店が入るというパターンの先陣を切ったのがここだったように思われます。

【ワイルドブルーヨコハマ:2001年】
 いま思えば非常に短い運命だったのが、屋内型レジャープールのこちら。波のプールや流れるプール、ウォータースライダーなど、様々なアトラクションがありましたが、駅から遠かったのが災いしたのか経営不振が続き、10年持たずに閉館となりました。跡地にはマンションが建っています。

【東京マリン:2001年】
 現在、23区内のレジャープールと言えば「としまえん」ぐらいですが、ギリギリ21世紀に入る時期まで、足立区にレジャープールがありました。同園には巨大なウォータースライダーがあり、TV番組で使われることもしばしば。跡地はマンションとなり,「東京マリン」の名はスイミングスクールとして残されています。

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