◆報復攻撃しない米軍
現在は非武装地帯での銃撃戦はすっかりなくなった。核兵器の開発と長距離弾道ミサイルの開発が進んだことにより、銃撃を行わなくても脅威を米国に与え続けることができるようになったからなのだろう。
核兵器と長距離弾道ミサイルが完成する前は明確な抑止力はなかったはずなのだが、いざ戦争となれば、中国軍とロシア軍の介入を招くだけでなく、日本と韓国を巻き込むという地理的な特性も抑止力になっていた。
韓国軍と北朝鮮軍の武力衝突で死亡した北朝鮮兵の数は多いが、米軍が関与したケースで北朝鮮兵が死亡した例は、筆者が休戦以降の韓国紙と北朝鮮紙(朝鮮労働党機関紙「労働新聞」)で調べた範囲では、1984年11月23日に板門店共同警備区域で発生したソ連人観光客の韓国への亡命をめぐる銃撃戦、北朝鮮軍が非武装地帯の南側へ侵入して、米軍の兵舎、哨所、車両を襲撃した際の反撃といったように、米軍は常に受け身だった。
◆侵攻の意図がない戦闘
非武装地帯周辺における北朝鮮軍の武力行使は、明らかに韓国へ侵攻する意図がないものであり、米韓軍を挑発して軍事行動を誘発させようとするものでもなかったわけだが、非武装地帯付近以外の海域や空域で行われた、米軍機の撃墜や米海軍艦艇の拿捕といった行動は過激なものだった。しかし、米国大統領が報復攻撃を決断しなかったことで、戦争に発展することはなかった。
北朝鮮は米韓軍に対するすべての軍事行動が、米韓軍による報復攻撃を招かないと確信していたのだろう。では、北朝鮮軍の軍事行動には、どのような目的があったのだろうか。抑止力の確認だったのだろうか? 威力偵察だったのだろうか? それとも、韓国国内に侵入した工作員と連携していたのだろうか? この点は謎が残る。
北朝鮮は現在、米国本土を攻撃可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)と、弾道ミサイルに搭載可能な核兵器を完成させ、米国の安全保障を脅かしている。それにもかかわらず、米国は軍事力で脅威を除去しないどころか、時には(経済制裁は継続しているが)寛容な態度を取ってきた。
朝鮮戦争が休戦から終戦にならなかったのは、あまりの問題の多さに米国と中国が消極的だったからといえる。休戦協定も守られていないにもかかわらず、一気に終戦とするには様々な困難をともなう。真の平和をもたらすために解決すべき問題は、その多さから5年や10年では解消できないだろう。
こうした山積された問題、すなわち朝鮮戦争の「終戦」から一気に「非核化」へと駒を進めようとしたことが、首脳会談の決裂という結果を招いたのではないだろうか。