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2019.03.02 17:00  マネーポストWEB

ザウス、向ヶ丘遊園、新宿コマ劇場… 平成中期に東京から消えたモノ

話題を集めたが、寿命は短かった「ザウス」


 平成の30年間で、首都・東京には次々と新名所が完成しましたが、新たに生まれるものあれば、消え去るものもあるのが世の定め。ライターの金子則男氏が、平成中期(2002~2009年)に東京近郊から消え去ったものを紹介します。

【ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス):2002年】
 平成に入って登場し、そしてあっけなく消え去った印象なのが、千葉県船橋市にあった屋内スキー場の「ザウス」。およそ400億円をかけて1993年にオープンしましたが、2002年には閉鎖されました。「1年を通じてスキーができる」というインパクトは絶大でしたが、「冬に客が来ない」という悩みもあったとか。その跡地では現在、大型家具店「イケア」が営業しています。

【向ヶ丘遊園:2002年】
 小田急線の駅名にもなっている向ヶ丘遊園は1927年に開園した歴史ある遊園地。向ヶ丘遊園駅からモノレールも走っていましたが、そちらがまず廃止になり(2000年)、2002年には遊園地も閉園してしまいました。跡地には、近所に住んでいた藤子・F・不二雄氏の資料を展示する『藤子・F・不二雄ミュージアム』がオープン。さらに昨年11月には、自然体験エリアや商業施設エリア、温浴施設などが併設された再開発計画も発表されています。

【同潤会青山アパート:2003年】
 今では表参道ヒルズが建つ場所に、十数年前までは古びたアパートがありました。「同潤会」は、関東大震災の復興のために設立された財団法人で、表参道のほか、代官山、墨田区や江東区などにアパートを建設。明治神宮へと繋がる参道沿いに歴史あるアパートが建つ風景は街の名物でしたが、最新流行スポットへと生まれ変わりました。

【東急文化会館:2003年】
 かつて渋谷で映画といえば、渋谷駅東口にあったこのビル。広大なバスターミナルの前に掲げられた大きな映画の看板は、渋谷の街の名物でした。同ビルには、映画館の『パンテオン』『渋谷東急』『東急名画座』のほか、『五島プラネタリウム』もあり、思い出がある人も多いのではないでしょうか。跡地には渋谷ヒカリエが2012年にオープンしています。

【交通博物館:2006年】
 昭和生まれの鉄道好きには聖地のような場所だったのが、JR秋葉原駅と御茶ノ水駅の間にあったこちら。「交通」という名前が付けられていましたが、展示の多くは鉄道関連のものでした。閉館は惜しまれましたが、翌2007年、さいたま市に鉄道博物館がオープン。跡地にはオフィスビルが完成し、交通博物館の面影は影も形もありません。

【東池袋大勝軒:2007年】
 1軒の飲食店の閉店が大きな話題になった珍しいケースがこちら。今では当たり前になった「つけ麺」の生みの親と言われる山岸一雄氏が創業した東池袋大勝軒は、常に行列ができる人気店でしたが、再開発により閉店が決まると行列はいよいよ長くなり、営業最終日にできた行列の長さは数百メートルにも及びました。その後、同店は近所に再オープンしましたが、山岸氏は2015年にお亡くなりになっています。

【新宿コマ劇場:2008年】
 懸命な浄化作戦により、歌舞伎町もすっかり健全な街になりつつある印象ですが、まだまだ歌舞伎町が危ない雰囲気を漂わせていた頃、歌舞伎町のど真ん中にあったのが「コマ劇」。劇場の中に入ったことがなくても、劇場前で酔い潰れたり、強引な客引きに袖を掴まれたりといった思い出がある人は少なくないでしょう。現在はシネコンなどが入る超高層ビルが建ち、ゴジラが街を見下ろしています。

【多摩テック:2009年】
 日野市にホンダの出資で作られた、乗り物がテーマの遊園地。本格的なゴーカート、プール、観覧車、メリーゴーランド、絶叫系のマシン、さらに温泉も併設された同園でしたが、2009年に閉場しました。跡地に関しては、明治大学がスポーツ施設を作る予定でしたが、これが頓挫して裁判沙汰に。有効活用されていないのが現状です。

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