介護、認知症ケアの現場などでも行われている芸術療法(アートセラピー)の1つ、“臨床美術”。この両方のポイントは、上手に描こうとする価値観を取り払うこと。小さい頃、学校で絵を描く場合は上手に描くよう指導され、それが原因で絵を描くのに躊躇する人もいるだろう。臨床美術では、完成した作品を“評価”するのではなく“受容”する姿勢が重要だ。
ただ、既成概念を取り払い、絵を描いて自分を表現するというのもすぐには難しそうだ。日本臨床美術協会・常任理事の蜂谷和郎さんはこう語る。
「臨床美術では、そんな人が楽しんで自己表現できるようになるためのプログラムがたくさんあります。たとえばりんご1個を描くなら、まずりんごを手に取って、重さや形を感じたり、においをかいだり食べたりして、りんごを実感する。
【1】りんごの中身の色で描き始める。薄黄色の果実の中身をイメージしながら描き、さらにその上から赤い皮を塗り重ねていく。単に塗りつぶすのとは違い、よく観察して色を重ねることで、奥行き感が出てくる。
【2】りんごの部分を切り抜く。輪郭を修正でき、りんごとしての密度が上がる。
【3】それを台紙の上に配置するとき、自分が実感したりんごが表現できる。
絵を描くときに大切なのは、“観察”と“体験”なのです。人は見ているようで、実はよく見ていないこともある。りんごなどは赤くて丸くて軸があるという記号として覚えているので、観察しなくても何となく描けてしまいます。でもそれではつまらない。よく観察してにおいや味まで感じ、そこで心が動くから、表現したくなる。そして存分に表現できた作品が褒められると本当にうれしい。人生が楽しくなるのです」
臨床美術のプログラムで認知症の人たちが描いたという満開の桜の絵を見せてもらった。どれも立派な枝ぶりで、画面には描かれていないが、花見の宴の楽しそうな雰囲気まで伝わってくるようだった。
「これは実際の桜の木を写生した絵ではありません。写真なども使って今まで見た桜についてお話をし、イメージを呼び起こして描いてもらいました。ですから、枝ぶりなどは想像上のもの。その人の人生で経験した桜の美しさやお花見での楽しい気持ちが表現されています」
絵を描く喜びを得るには、画用紙を用意するより前に、心が動く体験が大切なようだ。
「絵に対する苦手意識を払拭するためにも、気軽に絵画展に足を運んだり、画集を見たりするといいかもしれません。“有名画家の名作だから素晴らしい”といった見方ではなく、好きか嫌いか、何だこれ!? でもよいのです。画家が何かを表現したくて描いたと思うと、見え方が違ってくると思います」
そろそろ梅が見頃、そして桜咲く春も間近。街歩きもおすすめだという。
※女性セブン2019年3月14日号