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2019.03.30 16:00  マネーポストWEB

ある中華料理店店主の引退から考える「引き際の美学」

同店の人気メニューだった「コブクロのニンニク和え」


 近年、著名人たちの引退が相次いでいるが、長年、やり続けた仕事を辞めるのには勇気がいることだ。理想の引退とはどんなものだろうか。先日、ある中華料理店店主が引退表明したことを受けて、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が「引き際の美学」について考えた。

 * * *
 この20年以上通っている東京・麻布十番の中華料理店店主が4月30日をもってして引退することを発表しました。60代の夫婦2人でやっている店なのですが、とにかく居心地が良い。何年も「潰れそうだ」と言い続けてきたのですが、「潰れる潰れる詐欺」なんて言われ方をされつつも、惜しまれて終わることになりました。

 この店は1998年、私が会社員だった時代に同じ部署の皆で食べに行ったのが初訪問でした。週刊誌に著名人がおススメの食べ物を紹介する連載があったのですが、ここで「コブクロのニンニク和え」がウマい、と紹介してあって、試しに行ってみたのです。こじんまりとした店で、キャパは15人が限界でしょう。

 以後、我々の会社の人がこぞって行くようになり、とにかく味が評判となり、私自身も様々な人を同店に連れていきました。先日も、当時の会社員時代の仲間13人で貸し切りで行ってきたのですが、調理人である大将は先日行った時、同行者にこう語ったそうです。

「オレは、昭和の料理人。もう、昭和の料理人は求められない時代になった。今は、料理人じゃなくて、調理人ばかりだ。自分はもう歳だし、手は痺れるし、店を閉めることにしたよ」

 私も大将と話したのですが、「もうオレの料理は古いんだ。実はオヤジがオレのために地元の土地を買っていてくれたので、そこでおいしい野菜でも作って生活していくよ」と言いました。私もいずれはそんな生活をしたいと考えているので、畑を耕すのを手伝いに行こうかな、と思っています。

 昨年、芸能界を引退した安室奈美恵さんや、先日「37歳で現役引退する」と表明したダルビッシュ有とはレベルは異なるものの、彼らとこの大将に共通するのは「惜しまれながら辞める」ということにあるのではないでしょうか。事実、4月30日まで、同店はすべての日が貸し切り客で満席のようです。

 居心地が良いものですから、一度入ってしまうと客は帰りません。終電が近づいたころに「そろそろお開きにしますかね……」なんてことになって会計を済ませるのでした。そのため、実質的に「1日1組」の店といえましょう。もう行けません。

 同店は夫妻の人柄と抜群の味で人気を博しましたが、大将は元々別の店で働いていたところ、23年前についに独立し、自分の店を持ったのでした。この店が好きな人は、「そろそろ行く?」といった形でフェイスブックのグループメッセージで参加者を募り、何か月かに1回、15人ほどで参加するのです。こうしたグループがいくつかあるのですね。

 毎度同窓会のような空気に浸れる同店は、常連にとっては「麻布十番の実家」みたいな感じですし、夫妻は「親戚のおじさん、おばさん」といった扱いでした。正直、お店が続くならまだまだ通い続けたいと思う常連ばかりでしょうし、お店を閉めるという決断に対して、大将も相当の勇気のいったことだと思います。そんな大将の心意気を尊重したいです。

 さて、皆さんもこうした「行きつけの店」というのはあるのではないでしょうか。しかし、いつまでも続く店ばかりではありませんし、調理人もいつかはプロとしてのキャリアを終えるもの。一連の著名人の引退や、今回の大将の引退のように、惜しまれつつも、しかも潔い様を私もいつかは見習いたいものだと感じ入りました。

「老害」扱いされたり、厄介者としてその立場にしがみつきたくないですからね。

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