【著者に訊け】東畑開人さん/『居るのはつらいよ──ケアとセラピーについての覚書』/医学書院/2160円
【本の内容】
〈この本は「居る」を脅かす声と、「居る」を守ろうとする声をめぐる物語だ〉。プロローグ「それでいいのか?」には、この本の趣旨がこう書かれている。臨床心理士として病院で働くことを決めた京大出のハカセ「トンちゃん」が、沖縄の精神科デイケア施設に職を得て、そこでケアとセラピーの違いに戸惑い、悩み、傷つき、傷つけて…失職していくまでの目まぐるしい「円環」の日々が描かれている。ケアやセラピー、心理学用語なども初めての人にも易しく解説され、楽しめるようになっている。
東畑さんの仕事はカウンセラーだ。大学と大学院で心理学を学び、博士号も取得したが就職先がなかなかない。ようやく見つけた就職先は沖縄の精神科クリニックのデイケアで、そこでは「ただ、いる、だけ」を求められて困惑する。
精神科デイケアの置かれた現状を、かろやかでおかしみのある文章でつづっている。
「論文調の堅い文体で、『ただ座っている』と書くと、悲惨な話になってしまうから。ユーモラスに書けば、その場の空気も伝わるんじゃないかと思ったんです」
臨床経験を積むべく意欲に燃えて現場に飛び込んだ若者の、挑戦と挫折の成長物語でもある。もともとは、この4年間の話を書くつもりはなかったそうだ。
「最後、失職して終わる話ですから、ぼく自身、傷ついたんですよね。編集者から声をかけてもらわなかったらたぶん一生、書かなかったと思います」
不思議なことに、編集者と打ち合わせで会うと、デイケアで体験したさまざまなエピソードが、次から次へと出てきた。待ち合わせたカフェが閉店時間になり、次のカフェに移動しても話すことがあった。
時間の描かれ方も面白い。カウンセリングなどセラピーの時間が線的に流れるのに対して、「ふしぎの国」であるデイケアの時間はぐるぐる円環するそうだ。
「書いているうちに、時系列がわけわからなくなっちゃって。そもそもデイケアがそうだからこうなるんだって、本ではデイケアのせいにしています(笑い)。ぼくはどこに行っても巻き込まれるんですけど、巻き込まれたことを考えると文章になっていく感じですね」
ミステリ調も採り入れ、読ませる。新米心理士の「ぼく」は「ただ、いる、だけ」の価値を知るが、スタッフは離職し、デイケアの現場は徐々に崩壊していく。現場を崩壊させる「真犯人」は誰なのか。
「この本を書く前に、辻村深月さんの『かがみの孤城』を読んだんです。これって不登校児のデイケアだな、ぼくのいたデイケアの『ただ、いる』世界もまさにこれだと思って。最後の謎解きで盛り上がるのも、『これやりたい!』と思って伏線を張ってみました」
(取材・構成/佐久間文子)
※女性セブン2019年5月2日号