その諏訪が、しかし結婚を前にすると本性を見せ始めるあたりもスリリング。結衣を常識で縛り始め世間体を気にし、種田の存在に嫉妬の火を燃やし始め……。というように、吉高さんの脇をきっちりと固めている2人の男優は、まさしくゴールデンコンビと言えるでしょう。
そしてもう1人、この人の存在を忘れてはなりません。古色蒼然とした仕事観をねちっこく押しつけてくるブラック部長の福永清次。ユースケ・サンタマリアが実に気味悪く、いやらしく好演しています。この社会が抱えている働き方問題は一筋縄ではいかない鵺(ぬえ)的不気味さがあって、それを一身に凝縮している人物が福永であり、ユースケのねばっこく毒のある演技がドンピシャはまっています。
福永がいるからこそ、ドラマに奥行きが生まれ「定時で帰る」結衣の存在も光るのでしょう。
最近のテレビドラマはストーリーを追うものばかりになっている、もっと人間そのものを見たい、と語っていたのはベテラン脚本家・倉本聰氏。
「テレビドラマこそ『チック』が重要だと思っているんですよ。要するに映画はドラマ、つまりストーリー展開を主体に見るんですが、テレビの場合は細かなニュアンスの積み重ねで成立している気がするんですね。いまはテレビもストーリーを追うものばかりになっていますが、僕は人間を見たい」(2019.5.30 Yahoo!ニュース特集)
『わたし、定時で帰ります。』は上記の言い方によると、「ドラマ」というストーリーよりもドラマ「チック」、つまり一人ひとりの人間のニュアンスの積み重ねが実に丁寧です。感じ方、生き方を繊細に描き出している。ストーリーを完結させることよりも、人間の姿を提示することで、視聴者が考えるきっかけを作り出しています。そして、「どんな働き方がいいか」という結論は、敢えて提示しない。一人ひとりの視聴者に委ねていく。という意味で、新たなお仕事系「ドラマチック」作品の誕生と言えるのかもしれません。