◆終身雇用の廃止で企業が支払う代償

 問題は、企業側が本当に終身雇用を廃止したとき、それに伴う代償を支払う覚悟ができているかどうかである。

 周知のように欧米など海外の国々では、会社と個人が職務を限定して契約し、一人ひとりが専門の仕事を続けながらキャリアアップしていく。それに対して日本企業では人事部主導のもとに採用や配属が決まり、本人の希望とは無関係に異動させられていく。そのため社外で通用するような専門性は身につかない。「プロになれ」と言ったところで困難なのが現実だ。

 また辞令一本で、たとえ本人の意思に反していても転勤させられる。これも私が知るかぎり日本だけである。いうまでもなく転居をともなう転勤は本人の仕事だけでなく、家族を含めた生活全体が大きな影響を受ける。まして海外への転勤となればなおさらだ。

 企業としては定年まで雇用し続ける以上、社員に職種や仕事、勤務地などをえり好みさせることはできないし、社員も働かせてもらうためにはワガママを言えないという事情があった。

◆企業を支えてきた社員の「見えない貢献」

 それだけてはない。日本企業と社員の間には、終身雇用を媒介にした暗黙の合意(「心理的契約」と呼ばれる)と、それに基づく相互の信頼関係があり、それが日本的経営を支えてきたといってよい。

 まず、日本企業が相対的に低い賃金で若くて優秀な人材を確保できたのは、働く人にとって将来にわたり安定した地位が得られ、長く勤めればだんだんと賃金も上がり、生涯所得では損にならないという期待がもてたからである。

 社員がしばしば短期的な利害や打算を超えて会社のために頑張るのも、定年まで自分と家族の生活を守ってくれる会社への恩義と信頼があったからだということを忘れてはいけない。

 たとえば、わが国の超過勤務手当は原則として25%増しだが、これは他国と比較して低い水準にある。それでも多くの日本人は文句を言わず、黙々と残業する。まったく手当のつかない「サービス残業」さえ、半ば当たり前のように行われている。年次有給休暇も他国では100%近く取得されるのに対し、わが国では50%ほどしか取得しない。残りは会社に対して自主的に「献上」しているのである。

 社員に安心して仕事を任せられるというメリットも大きい。海外では、社員を監視するために有形無形のコスト(モニタリング・コスト)をかけているケースが多い。それに対して信頼関係の厚い日本企業では、厳しく監視されていなくても社員は仕事の手を抜かないし、任せておいても会社を裏切るようなことはしないのが普通だ。

 特に利害や打算を超えた頑張りが会社にとってありがたいのは、不況や業績悪化で会社が苦境に陥ったときである。会社に対する忠誠心が薄い人材は、いくら優秀な人材でも、いや優秀なほど、より待遇のよい職場に移っていく。一方、忠誠心が厚い人材は、たとえ労働条件が悪く、仕事がきつくても会社のために尽くしてくれる。このような人材こそ会社にとって必要なのである。

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