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2019.08.15 07:00  マネーポストWEB

アメリカが人民元安を止められない理由

8月5日以降、1ドル=6.9元を超えて推移するようになった

 人民元の下落が続いている。中国国内で中国人がドルを買う場合、銀行を通して買うことになるが、各銀行はそのドルを銀行間取引市場で仕入れ、幾らかの手数料を上乗せして顧客に提供する。

 銀行間取引市場では、中国本土金融機関を中心に、一部の海外金融機関も参加する中で、自由に取引され、値が付く。この部分だけをみると、変動相場制と何ら変わらないが、中国ではある特殊な制度が付け加えられている。

 それは、中国人民銀行が取引開始時間直前までに基準値を発表し、市場関係者はその±2%以内で取引をしなければならないという制度である。制限いっぱいに達した場合は、中国人民銀行が無限大に介入し、その価格を維持することになる。しかし、そういうケースはごくまれで、これまで数回程度、ほんの短い時間でしか起こっていない。

 中国人民銀行は、この基準値について、“前日の終値+通貨バスケットによるレート+逆周期因子(大きな変動があった場合、その変動と逆の方向に働く因子)”によって決まるシステムを遵守するとしているが、それ以上の細かい設定は示しておらず、また、逆周期因子については中身がよくわからない。それに、問題があると中国人民銀行が判断した場合、彼らは必ず柔軟に対応する。それはこれまでの歴史が示している。

 言うまでもないが、中央銀行である中国人民銀行の資金量は市場参加者と比べ圧倒的な額であり、それに逆らって投機を仕掛けようとする機関など存在しない。つまり、この基準値の上げ下げは相場の方向性を決める重要な指標であるということだ。

 その重要な指標である基準値が8月1日以降、13日に至るまで、9日連続で人民元安方向に設定されている。8月1日と言えば、トランプ大統領が3000億ドルの中国からの輸入品に10%の追加関税をかけるとツイートした日である。

 チャートにしてみると、2018年5月下旬から、1ドル=6.9元あたりにはっきりとした支持ラインのようなものがあり、その水準で中国人民銀行は人民元安が進まないように基準値を意図的に設定しているとみられる。

 その1ドル=6.9元を超えたのは8月5日である。この日はトランプ大統領が中国を為替操作国に指定した日に当たる。

 厳密に言えば、時差があるため、人民元が1ドル=6.9元を超えたのが先で、その後にトランプ大統領の政策発表が後追いしたかたちだ。必ずしも、アメリカの政策に対応して中国が人民元安で対抗しようとしているといったことではないのかもしれない。もっと積極的に中国人民銀行が人民元安攻勢をかけているのかもしれない。

 いずれにしても、中国がどのような説明をしようとも、中国は意図的に人民元対ドルレートを人民元安方向に進めようとしている。FOMC(連邦公開市場委員会)は7月31日に利下げを発表、トランプ大統領はツイッターなどを通じて、FRB(連邦準備制度理事会)に対して継続的に利下げするよう圧力を加えており、ドル安が自然な流れとみられる中でのドル高・人民元安の進展である。

 アメリカは中国を為替操作国に認定したが、果たしてアメリカは人民元為替市場をコントロールできるだろうか。

 国内の銀行間取引市場はここで示したように、仕組みの上で、中国人民銀行がコントロールすることが可能な市場となっている。その上に、主要な市場参加者は、国内の国有商業銀行である。彼らの筆頭株主は財政部であったり、中央系投資集団であったり、地方政府であったりという違いはあるものの、共産党がそれらを指導・支配している点に変わりはない。経営陣はほぼ漏れなく共産党員であり、彼らが、共産党の方針に反した外貨の売り買いなど、需要がどうあれ、支持するはずはない。アメリカを含め海外勢が市場を操作して為替レートを上下させることは、到底不可能である。

 為替レートには香港においてオフショア人民元市場があり、こちらでは海外勢が自由に投機を行うことができるが、中国人民銀行やその意思を汲む国内金融機関が市場参加者として存在する。また、オンショア、オフショアの境界が強固であり、裁定を働かせることが難しい。こうした状況でも海外の投機勢はこれまで、果敢に、幾度となく投機を仕掛けてきたが、ことごとく打ちのめされてきたという歴史がある。

 中国側の弱点は、中国人の投機に対する意欲の強さで、それによって生じる強い資金流出圧力である。ただ、外国人が想像するほど、金融当局の規制の網の目は大きくない。急速な人民元安は投機熱を強くするのでリスクがあるが、緩やかな人民元安であれば、当局はコントロール可能であるとみている。

 米中貿易戦争が本格化してから既に1年以上経過したが、アメリカ側から見た対中貿易総額は大きく減少した。しかし、2019年上期におけるアメリカの対中貿易赤字は1670億ドルで、前年同期と比べ187億ドル減少しているものの、全体の赤字に占める割合は40.6%で、依然として高水準である(データはU.S. Census Bureau Foreign Trade Statisticsより)。一方、3000億ドル相当の輸入品に対する追加関税措置に関するアメリカ製造業の反発は大きい。自国経済への悪影響を考えるとこれ以上の強硬策は打ち出しにくい。

 短期的にみれば、アメリカは対中貿易戦争で完全に勝利することは難しい状況だろう。株価や景気への悪影響を考慮すれば、3000億ドルの追加関税措置を取り消し、一旦休戦に持ち込んだ方が得策かもしれない。そうすれば、NYダウは急回復必至である。

文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うTS・チャイナ・リサーチ代表。メルマガ「田代尚機のマスコミが伝えない中国経済、中国株」(https://foomii.com/00126/)、ブログ「中国株なら俺に聞け!!」(http://www.trade-trade.jp/blog/tashiro/)も展開中。

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