不世出の世界的スターだったマイケル・ジャクソンが創った自宅「ネバーランド」は、建設当時の約30年前から人々の興味と関心を集めてきた。観覧車などの巨大遊具、鉄道、動物園、映画館に湖など、私有地で自宅なのに巨大テーマパークだと噂されてきた。そこでかつて起きた出来事を証言者の言葉で検証するドキュメンタリー作品『ネバーランドにさよならを』(Netflix)は、映画祭での初公開時から、センセーショナルな証言内容に興味があつまりがちだった。しかし、イラストレーターでコラムニストのヨシムラヒロム氏は、ネバーランドの魅力が伝えられたことから、マイケルと少年の心についてばかり考えている。
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今からちょうど2年前、Netflixの会員になった。映画、ドラマ、アニメといった動画を楽しみつつ、最も夢中になったのが海外のドキュメンタリー作品。自分の想像を優に超えてくる事実に「コレ、本当の話かよ!」と思わず声も漏れる。特に人のエゴから生まれた事件について言及する作品にハマった。畏怖、疑問、愉快といった感情が一気に湧き、最後には困惑する。なかでも、マイケル・ジャクソンの闇を映した『ネバーランドにさよならを』の衝撃は格別だった。鑑賞後、心の整理がつかない作品だった。
物語の中心となる語り手は、子供時代にマイケルに性的虐待を受けたと主張する男性2人。彼らがマイケルと出会い、交流を深め、その結果何が起きたのかについて語る。
彼らの証言から構成される本作だけで、マイケルが本当は何をしたのかを見極めるのは難しい。ただ、世界一のスーパースターが変人だったことに間違いはない。それは、4時間を超える『ネバーランドにさよならを』で最も多くの時間を割いて描かれている、30歳を超えた男性と当時小学生だった彼らのいびつな友情について。ある期間において、少年たちとマイケルは親友と呼べる関係性を結んでいった様子がうかがえる。それが、片側からの一方的な証言ばかりだということを差し引いても、彼らがある期間をともに暮らし、それ以外の場所でも友人としてマイケルとともにいたことは事実だろう。
そして、奇妙な仲を熟成させた場所こそマイケルの邸宅「ネバーランド」である。本作において、キング・オブ・ポップの狂気を体現した城の存在感は大きい。事件性よりも「ネバーランド」自体に目がいく人も多いことだろう。動画と写真で紹介される城、その全てが怖いのである。
「ネバーランド」の由来は『ピーター・パン』に登場する架空の島からとられている。物語において島の住人は年を重ねることはない。子供なら子供のまま「永遠の子供」として生きることができる。その子供たちを束ねるリーダーこそ我らがピーター・パン。ちなみに、ネバーランドに集まっている永遠の子どもたちは、親とはぐれた過去を持つ子ばかりだ。
1987年、マイケルはカリフォルニア州の郊外に千代田区とほぼ同じ大きさの土地を購入した。周りに建物が一切ない場所に「ネバーランド」は建築された。
同じ時期、証言男性2人は子役タレントとして活動しているなかで運命としかいいようのない人に邂逅した。スーパースターにも関わらず、誰よりもフレンドリーなマイケル。出会って日も浅いのに、自らの口で彼らに「君に会いたいんだ」と伝え、家族とともに「ネバーランド」へと招く。拓けた荒野を走る車中、マイケルは「ネバーランドまであと20分!」「あと10分!」とカウントダウンを始めたという。
「ネバーランド」の城門をくぐった感想を、かつて子役だった男性は「(あまりの美しさから)別の惑星に来たのかと思った。他の豪邸とはレベルが違うんだよ」と話す。
入城した瞬間にマイケルが耳元で囁く。
「ここは君のために作ったんだ……」
夢の城で日がな一日マイケルと遊ぶ日々はこうして始まった。