「高校三年になる時に父に『大学の建築科に行け。劇団は辞めろ』と言われましてね。その時は芝居が楽しくなっていたので、『自分で入れておいて、酷いじゃないか』と思ったんですが、でも将来を考えると保証はないですから、一生の仕事にはならないかもと思い、辞めたんです。
でも、十八の時に放送作家の宮田達男先生に『事務所を作るから来ないか?』と誘われて、それで行っちゃったんです。父とはえらいことになりました。
テレビドラマにいくつか出ているうちに宮田先生からTBSに行くよう言われ、お会いしたのが石井ふく子プロデューサー。私を上から下までジロッと見たら『トランジスタラジオを肩から提げて、イヤホンで聞こうか』って。それで『もういいわよ、お疲れさま』。それが『肝っ玉かあさん』のオーディションだったと」
その後、『ありがとう』『渡る世間は鬼ばかり』など、石井作品に欠かせない存在となる。
「先生であり、おふくろであり、と勝手に思っていますが、今でも近寄りがたいんですよ。舞台では所作や着物の着方に厳しいですし、褒められたことがない。
一つ覚えているのは、スタジオでのリハーサル後のことです。台本を忘れたことに気づいてメイク室からスタジオに戻ろうとしたら、石井先生がディレクターに『信人は叱るとダメだから。叱らないでやって』と話していたんです。
そのまま台本をとらず引き返しましたが、気が弱いところを見抜かれていると思いました。私みたいに隅っこにいる人間もちゃんと見てくださっている。ですから心してかからないと。その想いが、今も続いています」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館刊)が発売中。
■撮影/五十嵐美弥
※週刊ポスト2019年10月4日号