場面は変わり赤羽から徒歩20分のアパートの一室。独居老人が壁に貼った生ビールの宣伝ポスターに「最高の家族だろ?」とブツブツ話しかけている。やがて寝込んだ老人を見つめていたポスターの中のビキニ姿の美女が動き出す……「という落語はどうでしょう」でサゲ。
昇太が演じたのは怪談が苦手な男が怪談を教わって友人を脅かそうとする『マサコ』。夏の鉄板ネタだ。何度聴いても新鮮に笑えるのは昇太の抜群の話術があればこそ。
昇太・白鳥・清水の「彦いちを語る」鼎談を挟み、彦いちのトリネタは『私と僕』。ある店で常連客の老人に新作のアイディアを聞いてもらっていた現在50歳の彦いちが、あるきっかけで20年前にタイムスリップしてしまい、30歳の自分に出会う。そこからは50歳の彦いちと30歳の彦いちの会話で物語が進んでいく……と、いきなり「という落語なんです」と冒頭のシチュエーションへ。だが50歳の彦いちは、その老人が20年後の自分だと知る……。
彦いちが披露した2席はどちらも「落語という形式」がテーマの「メタ落語」。彦いちという演者の持つ唯一無二の独創性を改めて認識させてくれる、見事な2席だった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年10月11日号