六十歳の時に一度は一人芝居をやめたが、近年になり再開。現在は「妄ソー劇場」と題した演目で、文豪たちの作品をモチーフにした芝居に挑んでいる。
「一人で出てきて芝居をやるというスタイルは、日常というものをお客さんとの共通基盤にすることで成り立っていました。
そのために、人間誰しもそうするだろう、ということは外さないようにしています。水があったら、誰だって飲むだろう、と。そういう生理的なことから何びとも逃れられないから、それを踏襲することから考えます。
でも、時代とともに日常が変わったとも思うわけです。直接、手に触れるものが失われていっている。メールにSNS。そこにあるのは自分の声ではないし、返ってくるのも相手の声ではありません。生身の一つ向こうに行っちゃった世界と付き合っている。生身から外れたところで言葉が横行している。
むしろ、その言葉に生身を合わせなきゃいけないようになっている。言葉を使っていたはずが、言葉に使われている。言葉を仕事にしている僕にとっては、そんな世界をとらえたくなってくるんですよね。
でも、いきなり現代をやったところで薄っぺらなパロディにしかならないというのは直感で分かったので、助走をつけることにしました。
それで夏目漱石から始めて文豪シリーズをやっているわけです。まだまだ自分自身の手の延長に世界があった時代ですから、そこから時代を進めて現代に近づけて、過去から来た勢いを借りて現代を捉えようと考えています。なので、まだまだやることいっぱいあるんです」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
■撮影/藤岡正樹
※週刊ポスト2019年12月13日号