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2020.01.20 16:00  週刊ポスト

台湾の「中国化」を阻止した香港からの檄、総統選現地ルポ

 だが香港民主化デモの嵐がすべてを変えていく。香港で6月16日の「200万人デモ」があった直後の世論調査で「蔡50%、韓36%」と一挙に逆転を果たすのである。メディアへの露出を強め、香港民主派の支持を鮮明にした蔡英文が若者の支持をぐんぐん伸ばし、頼清徳との総統候補争いも一気に決着させたのだ。「蔡英文の最大の支援者は習近平」と言われる所以だ。

 7月に国民党が総統候補を正式に韓国瑜・高雄市長に決定した時、すでに台湾では「今日の香港、明日の台湾」というキャッチフレーズが猛威を振るい、韓国瑜もなす術がなかった。大手紙の台北特派員によれば、

「韓氏は香港デモの感想をメディアに聞かれても、“なに? 知らない”とそっけなく返すなど、この問題に向き合おうとしなかった。中国との関係の深さが売りだったのに逆にそれが足枷になり、人気がどんどん落ちていきました。原発を停めた蔡政権の批判で“発電所で石炭や石油が燃やされ、中南部では(汚染で)肺ガン患者が異常に増えている”と根拠のないことを言ったり、TV討論会では突然“中華民国万歳!”と叫び、蔡英文に“あんたも言ってみろ”と迫るなど有権者を唖然とさせる行為が目につきました」

 一方でマスコミは人権弾圧に抵抗する香港の若者の姿を報じ続けた。韓は必ずしも自分は中国一辺倒でないと強調するため、「安全保障は米国に、経済は中国に、技術は日本に頼る」と三方面外交を強調し始めたが、時すでに遅し。大勢は固まっていったのである。

◆目覚めた“天然独”

 台湾では自由や民主主義を享受できることを当り前と思っている「天然独」と称される若者がいる。生まれた時から民主主義があり、人権が守られ、自由があったのだから当然だろう。

 だが、台湾には、国民党の蒋介石政権による台湾人虐殺事件「二二八事件」(1947年)の暗い歴史がある。事件以来、38年間も戒厳令が布かれ、正当な裁判を受けられないまま、軍事法廷で死刑となる人があとを絶たなかった。

 戒厳令が解除されたのは1987年。それまでは政治の話などタブーで年長者には「白色テロ」の時代として記憶されている。

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