精神疾患が文字通り疾患であり、治療も可能な以上、人知れず怯え、苦しんでいる人々の存在にいかに気づき、〈意に沿わない犯罪〉を未然に防ぐかを社会のシステムとして構築したいという影山。一方、統合失調症だけでも有病率が1%もある精神疾患を〈穢れた血〉などと嫌悪し、無知を差別や偏見に変える人々。また精神疾患による犯罪は罪に問えないと頭ではわかっていても、〈その罪はどこに行ってしまうのだろう〉〈誰がその十字架を背負うべきなのだろう〉と心では思ってしまう被害者側の心理もじつによくわかり、簡単には答えが出ない中、行き場を失った懲罰感情があらぬ悪さをするのも事実だ。
「仮にその罪が、幼い頃から虐待を受け、それを複数の人格に分散させる形で生き延びてきた桜庭瑠香子の副人格が犯したものだとして、主人格に罪はないかというと、感情と理性では答えが違ってくるとは思う。国も司法も誰も考えてくれないその答えは個人個人が考えていくしかなく、そのための材料を僕は物語を通じて提供しただけです」
遺族の悲しみを増幅させることも多い精神鑑定は、では何のためにあるのかと問われ、〈社会のためだ〉と即答する影山の過去に何があったかは、結局謎のまま。だがどんなに覗いても底が知れない人間の闇の深さと、「事例の蓄積」の力を信じて診断を積み重ねる医療者たちの途方もない残像が、少なくとも無知に安住したままでいることを許さないのは確かだ。
【プロフィール】ちねん・みきと/1978年沖縄生まれ、東京育ち。東京慈恵会医科大学卒。内科医。勤務医を経て、現在は実家のクリニックを手伝う傍ら執筆。2011年「レゾン・デートル」で第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、翌年これを改題した『誰がための刃』でデビュー。『天久鷹央の推理カルテ』などの人気シリーズを持ち、本屋大賞にも3年連続でノミネート。今最も注目を集める作家の一人。169cm、75kg、AB型。
構成■橋本紀子 撮影■田中麻以
※週刊ポスト2020年3月27日号