最初は、絵里子はただ動揺していた。思い返せば、夫との関係はとっくに変化している。身体の触れ合いも間遠になっていた。だが、夫を問い詰めることもできない。波風を立てたくないからというより、突きつけて責め立てれば気が済むのか、離婚したいのか、絵里子自身が自分の気持ちをつかめないせいだ。
「卒婚小説や家族小説と読んでいただいていいんですが、私は『長女小説』だとも思っているんです。絵里子は第一子。下のきょうだいに親の愛を奪われたような寂しさを言い出せなかったし、周りの空気を読んで、言いたいことも飲んでしまうんですよね。
私も長女なので絵里子と似たところはあります。ただ、多くの女性は、そういうふうに『私さえ我慢すれば』と思ってしまう気がします。そのゆがみや苦しさを絵里子に代弁させて、読者にも感じてもらいたかったのです」
思いがけず家族の秘密を知ってしまったとき、どう行動するのがいいのか。正解がないからこそ、窪氏は、「自宅マンションとパートの往復をしているだけだった絵里子に、いろいろな生き方をしている女性たちと意識的に出会わせ、揺さぶりをかけていって、彼女がどう変わるのかを書くというやり方にしました」
絵里子の前にまず現れたのは、ランジェリーショップの経営者であり、大胆な整形をした、高校時代いちばんの仲良しだった内藤詩織。そして、詩織と同棲中で、セルフヌードを撮る21歳年下のみなも。そもそも、絵里子の母親は3度の結婚をしており、妹の芙美子は離婚して女手一つで息子の秀を育てている。初めてのひとり旅では、乳房切除している女性とも出会った。
人との出会いや未体験の出来事に飛び込むことを通して、結婚の鳥かごの中にいることを幸せと信じて疑わなかった絵里子が、失ってしまった自分を取り戻す。なぜ絵里子はこれほど柔軟に変われたのか。