米津玄師「Lemon」をカバーしたのが始まりだった(YouTubeより)

 さらに全シリーズを通じて演奏前に楽曲の分析と解説、聴きどころの紹介を、わかりやすいたとえを織り交ぜながら行なっているところも見逃せない。楽曲の魅力を力説する広瀬の姿からは、音楽に対する深い知識と愛情を感じ取ることができる。どんなに奇抜でアヴァンギャルドなアレンジが施されていてもリスナーが不快に感じないのは、おそらくこうした楽曲に対するリスペクトを彼女が抱いているからだろう。

 動画の魅力はもちろん歌声にもあらわれている。広瀬香美といえば1993年にシングル・リリースされた大ヒット曲「ロマンスの神様」で知られるように、力強くて晴れやかなハイトーン・ボイスが持ち味だ。彼女は国立音楽大学進学後に米国ロサンゼルスへと赴き、マイケル・ジャクソンやダイアナ・ロスを輩出したことでも有名なボイス・トレーナーのセス・リッグスに師事した実力派である。自身もボイス・トレーナーとして「広瀬香美音楽学校」で後進の育成に励んでいる。

 そんな圧倒的な歌唱力を誇る彼女が、動画ではときに声を枯らしたハスキーな低音を、ときに声が出なくなるほどの高音を歌う姿には、「ロマンスの神様」で一世を風靡した頃とは異なる魅力がある。彼女の歌唱力について声楽家の小阪亜矢子氏は、「1990年代はもっと雑味のないメタリックな発声で歌ってらっしゃいました」と指摘する。

「現在の広瀬香美さんは、パワーはそのままで、微量のノイズのある少しハスキーな声になっています。おそらく声帯だけでなく仮声帯といって声帯の少し上のひだの部分を使っているのでしょう。これが声と歌い口に深みを加えています。1990年代と共通していることは鼻の少し後ろにある空間にとてもよく声が響いていて、それが声のパワーにつながっていること。動画を見ると喋っているときや笑っているときもずっとその響きがキープされていて、聴き手のテンションを惹きつけています」(小阪氏)

 さらに小阪氏は、発音する際に口を自由自在に動かす広瀬の技術力の高さをこう評する。

「広瀬さんは発音の技術もとても高いと思います。アップになったところを見るとわかるのですが、表情筋と唇が縦横無尽に動いています。日本語はここまで口を動かさなくても何を言っているかわかる言語なのですが、広瀬さんのような音色や声量をキープするためには常に口の中を大き目に開けておく必要があります。その上で滑舌のよさをキープしようとすると、あのくらい唇を動かす必要があるのです」

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