「仕事の内容を話したところ、医師や看護師の方々が慌てて防護服に着替え、私も別室に移されました。ところが当時はPCR検査が一般的ではなく、肺のレントゲンを撮っただけ。異常が見つからなかったために、ひとまず自宅に帰されました」
彼女は2週間以上にわたって経過を観察し、親方(経営者)の自宅の庭を散歩するなどしながら回復に努めた。そうして3月下旬に仕事復帰。
「前年の春頃と比べたら、だいたい2割ぐらいの売り上げでしょうか。まったく仕事になりませんでした。(料理組合が決めた)全店休業も仕方なかったと思います」
飛田の街から明かりが消えて、はや2か月。各料亭には普段、休日がないため、今回の休業期間を利用して店舗を改装する経営者もいれば、これを機に廃業を決断した跡継ぎ不在の老齢経営者も4人ほどいた。
30代の若い経営者は、組合が全店休業を指示する前に、自主的に休業した。
「もともと、感染症対策として、粘膜接触を避けることは徹底していました。キスをせず、オーラルセックスの時もコンドームの着用を徹底していました。それでもやはり、女の子は怖がっていた。(客を呼び込む)仲居さんも年輩の方ですから、従業員を守るために休業を決めました」
ゴールデンウイークが明け、新型コロナの猛威が落ち着きをみせはじめると、組合も再開に向けて動き出し、全従業員が抗体検査を受けることを営業再開のルールに加えた。
13代目組合長の徳山邦浩氏が話す。