地元記者は「岡山県警が舐められてるんですよ」と毒づくが、警察は暴力団の無料ボディガードではない。池田組にしてもまさかこんな時期、この日を狙って襲撃されるとは予想していなかったろう。以前、激しい抗争の渦中を生き抜いた組長は「ヒットマンは、“まさか”という名の坂を走ってくる」と教えてくれた。ヒットマンはじっと地下に潜み、相手の油断を待ち、一瞬の隙を突いて襲撃してくる。
事件から3日目、池田組事務所に据え付けられた防犯カメラ映像が流出した。事務所前を通る一方通行の南北に向けられた2台のカメラは、犯行の一部始終をはっきり捉えていた。今回に限らず山口組の分裂抗争では、当事者が撮った事件直後の写真や動画が、ネットで拡散されるようになった。スマホの普及で戦場カメラマンの存在意義が変化したように、プロカメラマンでは撮れない決定的瞬間は、抗争事件の報道をも大きく変えた。あのNHKまでが圧倒的な迫力の流出映像を放映するようになったのだ。
動画を見るとヒットマンはラフなジーンズ姿で、事務所から北側約50メートル先に黒のRV車を停め、徒歩で事務所の敷地に侵入してきた。池田組の駐車場は左右に10台以上の車が停められるだけのスペースがある。その一番奥にある白い鉄柵の前で、前谷若頭は組員と談笑している。ヒットマンが歩きながらズボンのポケットに突っ込んだ右手を差し出した。その手には22口径の拳銃が握られていた。
前谷若頭までの距離は車幅3台分あった。およそ6~7メートル……戦場帰りの軍人なら余裕の距離でも、外国の観光射撃場で銃を撃った経験がせいぜいのヤクザにとっては遠距離の銃撃だった。
初弾は外れたように見える。若い衆は逃げ、前谷若頭は果敢に相手に掴みかかろうとした。拳銃が連射され、若頭が地面に崩れ落ちた。事務所の敷地を出てRV車に向かって走った犯人を2人の組員が追いかけた。
車は一方通行を逆走して南側に急発進した。追いついた組員が助手席に乗り込み、実行犯を引きずりだそうとしたため、意図せぬ方向への逃走となったのだろう。事務所前を通り過ぎる際、組員は路上に放り出されて昏倒した。池田組側から動画が流出したのは、自陣営の勇猛さを喧伝するためと推測していいだろう。
実行犯は犯行から1時間も経たずに同じ岡山市北区の奉還町で捕まった。警戒中の警官が職務質問を行ない、拳銃を所持していたため、銃刀法違反容疑で現行犯逮捕されたのだ。犯人は六代目山口組大同会(本部は鳥取)の岸本晃生若頭代行(52)という最高幹部だった。大同会は元来、現在は神戸山口組の中核団体である山健組から山口組の直参に昇格した組織だが、分裂抗争では六代目側の大幹部となり、トップの森尾卯太男会長は山口組ナンバー4の本部長である。
昨年8月、六代目山口組の中核団体である弘道会の神戸にある拠点で、組員が銃撃された事件では、容疑者として山健組トップの中田浩司組長が逮捕された。通常なら「ほぼ絶対にない」上の立場の人間がヒットマンとして走らざるを得ない状況は、暴力団組織が思った以上に人手不足で、小さな集団になっている事実を浮き彫りにしている。