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2020.06.22 07:00  SUUMOジャーナル

“知的障害”への先入観を福祉×アートで超えていく。「ヘラルボニー」の挑戦

(写真提供/松田さん)

「異彩を、放て。」をミッションに、知的障害のある方のアート作品を、さまざまなアプローチでモノ・コト・バショに展開する福祉実験ユニット「ヘラルボニー」。出発点は自閉症の兄だったという、双子の松田文登さん・崇弥さんに、会社を立ち上げた経緯や、現在の事業展開、今後挑戦してみたいこと、そして「”障害”という言葉のイメージを取り払いたい」という想いについて、お話を伺いました。
障害のあるアーティストの作品を身近なプロダクトに「ヘラルボニー」では、全国の福祉施設とマネジメント契約を結び、知的障害のある方々が手掛けたアートを使ったプロダクト、プロジェクトを手掛けている。それらは、職人技を駆使したアパレル、工事現場の仮囲いや駅舎を使ったソーシャル美術館、アートと福祉をつなげるワークショップなど多岐にわたる。

最初に手掛けた「ART NECKTIE」。すべてアーティストの名前を冠し、創業明治の紳士洋品の老舗「銀座田屋」の自社工房で織られたもの(写真提供/ヘラルボニー)

普段、なにげなく目にすることが多い建設現場の仮囲いを、期間限定の「ミュージアム」として捉え直す試み「全日本仮囲いアートミュージアム」(写真提供/ヘラルボニー)

茨城県つくば市の福祉施設「自然生クラブ」とコラボし、南青山の「NORA HAIR SALON」を丸ごとギャラリーにしてしまうプロジェクト(写真提供/ヘラルボニー)

知的障害がアートの絵筆になる。そこに弱者のイメージはない活動内容のすべてに共通するのは、福祉×クリエイティブ。「アート」を入り口に、知的障害のある人のイメージを変えたい想いだ。
「どうしても知的障害の話って重くなるでしょう。講演会なんかでも、”これから重い話が始まるぞ~”と身構えられてしまう。僕たちには、先天性の自閉症の兄がいて、こうした障害に対する可哀想とか大変といったネガタィブな世間のイメージにずっと違和感があるんですよね。彼らが描いた作品には、突き抜けたパワーがある。そこからリスペクトが生まれる。彼らのアートを身近なものに落とし込むことで、世間のネガティブな目線を少しずつ変容させていきたいんです」(文登さん)

実際、知的障害のある方たちの作品は特長的だ。何度も現れるモチーフ、驚くほどの集中力で描いたと思われる緻密さ、自由な発想、独特な世界観。絵のモチーフやタッチを見れば、〇〇さんの作品と分かる。そこにあるのは、“障がい者”とひと括りされがちな人たちの、1人1人の強烈な個性だ。

「多くの自閉症やダウン症の方々に見られる共通項として挙げられる、強いこだわりは、日々のルーティンとなり、それがアートになると、ずっと丸や四角を描くなど、繰り返しの表現に。それは唯一無二の個性になるんです。つまり、”障害”があるからこそ描ける世界があると思います」(崇弥さん)

もちろん創作活動をするのは知的障害のある一部の人たち。急に描くのを辞める人もいれば、突然描き始める人もいる。描く世界が突然変わってしまうこともあるそうだ (写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

最初は社会的実験からスタート。高品質に振り切ったプロダクトで勝負ヘラルボニー設立の直接のきっかけは、崇弥さんが故郷の岩手に帰省した際に立ち寄った「るんびにい美術館」。知的障害や精神障害のある作者のアート作品を多く展示している美術館だ。「ものすごい衝撃を受けました。こういう世界があるんだ、僕のやりたいことはこれじゃないかと、興奮気味に文登に電話したことを覚えています」(崇弥さん)

岩手県花巻市にある「るんびにい美術館」で撮影した写真。アトリエも併設され、作品の制作現場を実際に見て、アーティストたちと交流することもできる(写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

当時、文登さんはゼネコン、崇弥さんは広告代理店勤務。会社員生活をしつつ、お互い貯金を出しあって(「といっても、8割は僕ですよ(笑)」と文登さん)、始めたのが、前出のシルクのネクタイ制作だ。価格は2万円超えと決して安くはないが、細い絹糸を高密度で織り上げたネクタイは、その質感、艶、緻密さは、まるでアート作品のよう。

ネクタイは、通常の倍の密度で織り込まれたシルク100%のもの。これを持つことで、ちょっと背筋が伸びるような特別感のある品だ (写真提供/ヘラルボニー)

「気軽に手を出せない価格でも、最高品質のもの。障害うんぬんを外しても、純粋にほしいと思ってもらえるものをつくってみようと考えていました。例えば、福祉施設で障害のある方が5時間かけてつくったレザークラフト作品が500円で売られていたんです。それでは、材料費の方が高くなってしまう。やはり福祉だけの文脈ではなく、”ビジネス”の枠組みが必要だと感じていました」(崇弥さん)

とはいえ、最初は不安も。「銀行員の父からは”見通しが甘い”と言われてしまいました(笑)。でもこれは、福祉の現場から発信したらどうなるのか、意義のある社会的実験と考えればいいとも。もちろんビジネスとして成り立つことは大切だけれど、自分たちがワクワクしたいから、を軸に考えていましたね」(文登さん)

しかしリリースされてみると、メディアの各媒体に取り上げられ、思っていた以上に反響は大きかった。「本当にびっくりしました。もしかしたら、世の中がこういうのを求めていたのかもしれないと思いました」(文登さん)

ヘラルボニーの挑戦は、自閉症の兄の存在抜きには語れないアクティブな両親のもと、物心付いたころから、療育の場や福祉の集まりに毎週のように出かけていたふたり。福祉はずっと身近な世界だ。「親以外の大人に遊んでもらって、けっこう楽しかったんですよね。小学校の卒業文集に、“将来の夢は特別支援学級の先生”って書いていましたから。小さな小学校で、僕たちが友達と遊ぶときも兄も一緒で。特に障害とかを大きく意識したことはなかったんです」(崇弥さん)

しかし、中学に入学すると状況は変わった。複数の小学校の学区からなるマンモス中学校で、兄のことを馬鹿にする同級生もいた。「正直、自分の弱さから、中学のときは兄の事を隠していた時期もありました。その時の想いは、今もずっと自分の中で残っています」(文登さん)

子どものころの松田三兄弟。小学生時代はどこへ行くにも一緒だったとか。今もお兄さんの話をするおふたりは楽しそう(写真提供/松田さん)

その時の世間の目線への違和感は、現在2人の活動の原動力のひとつといえる。「できないこと」を「できる」ようにするのではなく、障害を「特性」ととらえ、社会が順応していく。それが彼らの願いだ。

「僕たちは双子なので、障害のある兄弟がいることで我慢を強いられることの多い”きょうだい児”の悩みとは、わりと無縁でいられたんです。なんでも2人でシェアしているからでしょうか。僕は就職後も、なにかしら福祉に関わる仕事をするつもりだったし、やるなら文登と2人でと考えていました」(崇弥さん)

会社名となった「ヘラルボニー」は、お兄さんの翔太さんが子どものころ自由帳に書いていた言葉。ネット検索にもひっかからないナゾの言葉は、なぜか何度も登場する(写真提供/松田さん)

「障害=不幸ではない」出産を決めた妊婦さんもヘラルボニーへの反響は松田兄弟のモチベーションとなっている。
例えば「ヘラルボニーのネクタイを買ったから、作者に会いたくて、るんびにい美術館に行ってきました」という人がいる。常に応援してくれる福祉の現場のスタッフや熱狂的なファンでいてくれる自閉症を持つ親御さんたちの声も後押しになる。初めての講演会は、子どものころ兄や母と通った岩手の福祉協会。「”あの、翔太くんの双子の弟くんたちが大人になって帰ってきてくれました~”と紹介されました。まさにホームでしたね(笑)」(崇弥さん)。
なかでも、印象的だったのは、出生前診断でおなかの中の赤ちゃんにダウン症の可能性が分かった妊婦さん。「僕たちが取り上げられたテレビのニュースを見て、”この子を産んだら不幸になると考えていたけれど、こんな楽しい未来、素敵な出会いがあるのかもしれない。障害=悲しいことではなかった” という長文のメールをいただきました。産むことを決めた、とおっしゃっていました」(文登さん)

アートワーク「まちといろのワークショップ in 軽井沢」開催時の写真(写真提供/ヘラルボニー)

いつか実現したいのは、“できない”前提の「変わったホテル」現在は、コロナ禍でも新しいアートの体験ができるようにと、ZOOMを利用した双方向型のオンライン美術館を企画したほか、9月にはクラウドファンディングで高品質なマスクを販売する予定だ。2021年には岩手県盛岡市で、初のソーシャルホテルをプロデュースする事業も進んでいる。さらに、家で過ごす時間の増加とともに、「おうち消費」に注目。カトラリー、クッション、壁紙など、生活にアートをしのばせる「アートライフブランド」ヘシフトしていこうと計画中だ。“福祉×アート”がより身近になる。

「今後、マスクは眼鏡のように日常生活に不可欠なものになるはず。もっとお洒落になってもいいんじゃないかと考えました」。クラウドファンディングで資金を集めて実現(写真提供/ヘラルボニー)

少しでも接点をつくりたいと、アート作品をネット解説する「オンライン美術館」を開催。参加者は延べ1000名と大好評。定期的なコンテンツとする予定(写真提供/ヘラルボニー)

無機質だった建設現場を彩る“仮囲いアート”を、リサイクルならぬアップサイクルしてトートバッグとして生まれ変わらせる(写真提供/ヘラルボニー)

そして、「いつかは、自分たちで福祉施設を手掛けてみたい」と考えているそう。
「イメージは、『注文をまちがえる料理店』(※)のホテル版。例えば、”ウチのフロントマンはあいさつができないんです”と言い切ってしまい、ゲストに“あ、本当にあいさつはしないんだ(笑)“って体験してもらうのもおもしろいかなぁって。その代わり、ベッドメイキングや掃除が本当にていねいな人もいる。最初にエクスキューズを入れておくことで、寛容な場となれば、1人1人の個性に合った、就労の形が実現できるんじゃないかと思っています」(崇弥さん)。

※「注文をまちがえる料理店」注文を取るスタッフが、みんな認知症で、頼んだ料理と違うメニューが届くこともある料理店

最後に「今、感じている課題は?」という問いに、迷いながら、「社会貢献がすばらしいと、称賛され過ぎてしまっていることに、とうしてもギャップを感じてしまう」と答えた文登さん。「それは、どうしても障がい者が社会的弱者という目線がぬぐいきれていないからかもしれません。その文脈から脱していくことも、ある意味、僕らの課題といえますね」(文登さん)

「”福祉”というと、どうしても”支援”というイメージが強いかもしれませんが、僕たちと障害をもっているアーティストたちはビジネスの対等なパートナー。今の福祉という場にプロデュースする機能がないゆえに埋もれてしまっているすごい才能に、対価を得る機会を提供するのが僕たちの役目。そのために、社会福祉法人やNPO法人ではなく、”株式会社”という形にこだわっています。福祉の世界でも、きちんと売り上げを上げていくことからできたら最高じゃないですか」(崇弥さん)

昨年夏には、日本の次世代を担う30歳未満のイノベーター「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」に選出されるなど、注目を集めているお二人。その注目のされ方にも戸惑いつつ、常に「ああ、楽しそう」「それ、ワクワクするね」と何度も質問に答えていた様子が印象的。穏やかで、ポジティブで、信念がある。彼ら「ヘラルボニー」の今後の展開に注目したい。

主にクリエイティブは広告代理店出身の崇弥(左)さん、営業や事業計画などビジネス面はゼネコン出身の文登さん(右)と役割分担

●取材協力
ヘラルボニー
「アートマスク」のクラウドファンディングページ
(長谷井 涼子)

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