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2020.07.20 07:00  SUUMOジャーナル

テレワークが変えた暮らし【9】HSPの自分には「オフィス勤務は生きづらさだった」。生活の質を向上させた選択

写真撮影/水野浩志

「周囲の音が気になって仕方がない」「他人の気持ちを自分のことのように感じてしまい、気疲れしてしまう」――。従来は「繊細」のひと言で片付けられていた気質が生きづらさになっている人たちのことが、昨今、「HSP」=Highly Sensitive Person(とても敏感な人)として知られるようになってきた。脳のストレスを処理する扁桃体が生まれつき活発なため、刺激などを感じ取りやすい性質の持ち主のことで、5人に1人はHSPだともいわれている。そんなHSPの人々が働くうえで、テレワークは生活の質を劇的に向上させることもある。HSPを自認する男性に、話を伺った。
「集中力がない」はずが、テレワークで仕事に没頭できるようにHSPは生まれ持った特性であり、病気などではない。刺激の量や強度の適正は人により違いがあるものだが、雑音があったり、大人数がいる空間などが過敏に刺激になってしまったりすることがある。感受性の強さゆえに、たくさんの人と長時間ともに過ごす職場環境は、HSPの人にとっては大きな負荷ともなりうる。

大阪・北摂地域に住むJさんは、昨年10月に東京のITベンチャーに転職し、現在は自宅と、近所のシェアオフィスを使ってテレワークをしている。Jさんが自分をHSPだと自覚したのは、転職してテレワーク勤務を始めたところ、疲れず仕事に没頭できるようになったからだった。

職場で集中できなかった分の仕事を持ち帰ることがなくなり、空いた時間は自身の勉強にも使えるようになったというJさん(写真撮影/水野浩志)

「小さなころからたくさんの人がいるイベントなどが苦手で。圧倒されてしまうんです。それは自分の弱さだ、治したい、と困っていました。HSPのこと自体は知ってはいたんですが、自分自身とは結びついていなくて。でもあるときSNSで見かけたHSP当事者の方の事例が、まさに自分のことのような内容だったんです」

前職は国立大学の職員。経理関係の業務を担当していた。穏やかな語り口で聡明な印象を受けるJさんだが、前職時代は自身のことを「集中力のない人間」だと感じていたという。

「周囲に機嫌が悪い人がいたり、人が誰かに怒られていたりすると、自分のことじゃないと分かっていても気になってしまって。そういうときは仕事が手につかなくて、終業後にわざわざ図書館や自宅でこもることもありました」

家族の状況に応じて自宅とシェアオフィスを使い分ける前職での勤続年数が10年を超え、今後は専門性を高めたいと思っていたころ、大学のデータ分析を請け負っていた現在の勤務先と出会う。事業内容への関心から、この道を歩みたいと感じたところ、ヘッドハンティングされた。転職自体はすぐ決心できたが、妻帯者で小学生と幼稚園児の2児の父親であるJさんにとって、転居が伴うのは迷うところ。会社に相談したところ、大阪に住んだままほぼフルリモートでの勤務を快諾してもらえたという。

自宅の間取りは4LDK。仕事場所は自宅とシェアオフィスで使い分けている。テレワークありきの転職ではなく、やりたい仕事の会社がたまたまテレワーク可だったそう(写真撮影/水野浩志)

「本来は出社して業務をするのが基本なんですが、体調不良のときや自宅で用事があるときは、テレワークができる環境が整っていた会社なんです。ことさらテレワークを推奨するというわけでなく、普通にひとつの手段としていつでも選べるように用意してある感じですね。フルリモートは僕だけですが、定期的に同じ曜日にテレワークをする同僚はいます。ただ新型コロナウイルス対応で、現在はテレワークが主という方針になりました」

大勢の同僚に囲まれる生活からシェアオフィスでひとりで働く環境へ変わるうえで不安だったのが、新しい仲間とのコミュニケーションが円滑に取れるのかということと、集中して業務に取り組めるかどうか。しかしむしろ、仕事ははかどるようになった。「自宅やシェアオフィスは静かな環境ですし、会社に在宅での勤務が普通だと理解してもらえているなかでの仕事は、まったくストレスがありませんでした」

勤務時間は7時間で、コアタイムの4時間さえ守ればフレックス制だ。働くのは、自宅でとシェアオフィスが半分ずつ。客先とのウェブ会議のときなどは、情報の漏洩を防ぐために自宅で行っている。ひとりで仕事することは食事の時間を忘れることもあるほど集中できてしまうが、自宅勤務時は家族と一緒に昼食をとることが、オンとオフを切り替えるよい時間になっているそう。「子どもたちと一緒にお昼ごはんを食べることができますし、妻に用事があれば自宅での勤務にして僕が面倒をみることもあります」。ただ、子どもたちにとっては、家に大好きなお父さんがいれば一緒に遊びたいし、話もしたいもの。「我慢させるのはかわいそうだけれど、家で仕事していれば、学校から帰ったときの様子などが分かるのは良い点だと思います」

在宅勤務時は家族との昼食で気分を切り替え。コーヒーブレイクもメリハリに(写真撮影/水野浩志)

それでも、公務員に準じる安定した仕事からの転職は、家族にとっても勇気のいるものだったのではないだろうか。しかし、妻のMさんは「たとえ給料が下がったとしても賛成だった」と話す。「夫はいろいろなアイデアを持っていたり頑張れたりするのに、活かせていない状態なのがもったいないとずっと思っていたんです。心配だったし、能力を発揮できる会社だから、そっちのほうがいいなって」

刺激への「防御」に使うエネルギーが減り、生活の質が向上転職による収入の変化はほぼないが、生活の質は格段に向上したそう。「(他の人から)いつ話しかけられるか分からない」といった刺激の量をコントロールでき、集中して仕事に取り組めるので、単位時間あたりのアウトプットの量も増加した。「仕事を持ち帰ることは完全になくなったので、自由時間も増えました。空いた時間は勉強にも充てています」。刺激への「防御」にエネルギーを使って疲れ果てることがなくなったため、Mさんにとっても「しんどそうにしていることがなくなって、悩みの内容も『仕事をどう頑張るか』といった建設的で健康的なものになって、安心できた。家族みんなでご飯をたべる回数も増えました」と喜ばしい方向に向かっている。

いいことばかり、というMさんに、あえてテレワークならではのデメリットを聞いてみた。それは在宅で会議する際、インターネット環境を重視してWi-Fiルーターのあるリビングで行うため「長くて2時間、家族がリビングに入れないこと」だそう。日常生活に仕事が「侵食」してしまう「テレワークあるある」な課題ではある。「Wi-Fiと周波数が干渉してしまうので電子レンジが使えず、料理ができないんですよね」。とはいえそれも、家族皆で食卓を囲める環境になったからこその悩み、といえるかもしれない。

自宅のある北摂地域は、子育て家庭に人気のエリア。休日はよく、吹田市にある万博記念公園で家族と一緒に過ごす。万博記念公園は1970年に開催された日本万国博覧会の跡地を整備した公園。太陽の塔をシンボルとし、さまざまな樹木や草花が植えられ、四季折々の風景が楽しめる(写真撮影/水野浩志)

小学生の長女と幼稚園児の次女2児の父。自宅勤務のときにはしっかり者の長女が得意料理の卵焼きをつくってくれることもあるそう(写真撮影/水野浩志)

Mさんの実家は親戚の仲が良く、大人数で集まることもたびたび。Mさんにとっては当たり前の光景であったが、Jさんは参加に抵抗をみせていたそう。「以前はみんなのことが苦手なのかなって思っていました。今となればそういう状況が苦手なだけと分かるんですが」というMさんに「本当はみんなと仲良くしたいんだけど、いざその中に入ると緊張しちゃって」。今でもJさんは、5人以上人が集まる場では、圧倒されてしまう。

「(30代後半の)僕らが子どものころに受けていた教育は『みんな一緒に仲良く』。内気さは克服しないといけないものだと思っていた」とJさんは話すが、現在、他者との違いは当たり前だととらえるべき時代になってきている。従来の環境に無理に合わせるのではなく、自分に合ったところへと移るのが自然であり、オンライン環境の充実や、多様性が尊重される中で、そうすることが可能になりつつある。

テレワークは、新型コロナウイルスの感染拡大により3密を避ける目的で急速に注目されたが、自分の居心地のよい空間で働きたいという多くの人が抱く願いに置いても、ひとつの解となるだろう。制度とは本来、そこにいる人のためにあるもの。HSPによる生きづらさの解消へ、テレワークが一時的なものとならず、制度として正しく役立つことを祈りたい。

●取材協力
万博記念公園
住所:吹田市千里万博公園
営業時間:9:30~17:00(入園は16:30まで)
定休日:水曜日(4/1~GW,10,11月は無休)
自然文化園入園料:大人260円 小中学生80円
(鈴木千春)

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