「ここが一番安全な場所」と永田に語りかける沙希のセリフがあるが、恋人や家族の“無償の愛”に対して、少なからず苛立ちを覚えた経験はないだろうか。本心では大切に思っているのに、自分の未熟さから自分を守るため、絶対的に味方でいてくれる人を疎ましく感じたことがある人はいるはずだ。

 また、作品を通して感じる男女の「共依存」の関係にギクリとした人もいるだろう。永田の振る舞いに加え、東京にも居場所が見出せず、次第に沙希は心のバランスを崩し酒に溺れるようになるが、それでも永田と離れられない。永田は沙希に「母性」のようなものを求め、沙希もまるで子離れできない母親のよう。そんな2人から感じ取れるのは共依存の関係だ。永田と沙希ほど極端な関係でなくとも、恋愛における男女のパワーバランスに悩んだり、愛情を搾取される経験に身に覚えがある人もいるだろう。未熟さゆえに相手を大切にできず、徐々に愛情が憎しみに変わっていく2人の心の移り変わりは、見ている側の胸を締め付けるものがある。

 そして、本作には原作にはなかった映画ならでは仕掛けが施してある。一部ネタバレになるが、物語のラスト、永田と沙希の別れのシーンだ。別れの時が近づくにつれて、沙希を傷つける原因となっていた“自我”から解放された永田が、最後に「真心」を沙希に伝える。語られているのは2人の未来だ。舞台のセットは、最初は2人が過ごした沙希の部屋なのだが、2人の会話が進むうちに、いつの間にか劇場の舞台へと変化する。離れることが分かっていながらも未来を語る永田の前向きな必死さと最後に見せる優しさに、視聴者はそれまで感じていた胸のつかえが取れるような感覚になる。未熟な2人の恋愛は、ここで一気に昇華させられるのだ。

 そんな気持ちになるのは、主演の山崎と松岡の鬼気迫る演技があってこそ。山崎は、これまでの出演作からは想像もできないような人間味が溢れていたし、嬉しさと驚きが混同した“笑いながら泣く”松岡の演技は、そのシーンだけで沙希という役柄を上手く表現していた。2人のぶつかり合いから生まれる独特の空気感やエネルギーにも終始目が離せず、あっという間の2時間だ。主演の2人だけでなく、永田と劇団を立ち上げる友人・野原役を寛一郎(23才)が、永田を気にかける青山役を伊藤沙莉(26才)が、永田とは対照的な才能ある劇作家・小峰役はKing Gnuの井口理(26才)が脇を固め、それぞれの役に感情移入した人もいたことだろう。

 原作者の又吉直樹はインタビューで、「『劇場』という小説は、恋愛というものの構造がほとんど理解できていない人間が書いた恋愛小説です」と語った。大人になっても恋愛の構造はよく分からないからこそ、目を背けたくなるようなありのままの恋愛を描いたこの作品に、多くの人が共感したのだろう。

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