「あんまり深入りしないほうがいいですよ、アングラ系のネット関係者が日本にいなくなる理由、わかるでしょ、それに日本人だけじゃないんだよ」
ときに警告は脅しにエスカレートした。いわゆる「オタクヤクザ」ということか。どれも昔からの脅し文句だ。純粋なファンは知らなくていい世界だが、かつてオタク業界のごく一部だがアニメやゲーム、声優事務所のバックにはヤクザがいた。もちろんすべてがそうではないが、私が経験した中では、アニメの記事を載せるだけで100万円を要求されたり、専属でもないのに「うちの○○に仕事の依頼したのおまえ?」と人気女性絵師絡みで直々に脅しをかけてきたゲーム会社の社長兼組関係者などいくらでもあげられる。裏の顔はホスト狂い、反社の彼氏持ちのアイドル声優だっていた。いま彼女の声を聞く機会はほとんどない。コンプライアンスが厳しくなり、アニメやゲームが巨大産業となるにつれて連中のつけ入る隙は減ったが、オタクヤクザは2000年代以降、より安全で金になるネットに暗躍している。アニメやゲームと違うところは、一般人も加担者として巻き込まれているところか。オタクヤクザについては暴露も含めて本気で書きたいが、有名どころ、有名人も多いので実際に書いたら大変な騒ぎとなるだろう。近年では震災復興、東北絡みのオタク商売がヤバかった。
「日野さんも編集長やってたくらいだから、大手同人サークルの貴重なのとか大量に所有してるんでしょ、無料同人サイトやりなよ、儲かるよ」
で、脅したと思えば小島さんからは抱き込みのつもりか違法海賊サイトのお誘いもあった。相手にする価値もない。一般商業の海賊版サイト「漫画村」の事件は摘発されて当然の違法サイトだが、二次創作の同人誌を勝手に頒布しているサイトなどは違法であっても権利者の意向次第のグレーな存在であり、ましてアダルトが大半なのでいまも野放しだ。
世界を見渡せば、東欧やアジアの貧しい小国などは国家規模で違法配信やフェイクニュースを利用した広告ビジネスで稼いでいる。情報系を専攻する貧国の大学生はそれで留学費用を稼ぐ。かつては一攫千金のためのアンモラルだったのが、貧者のセーフティーネットとしてのアンモラルに変わろうとしている。副業がてら小銭稼ぎのフェイクを垂れ流す貧乏サラリーマンや自称自営業など珍しくもない。だからこそ、小島さんもべらべらと得意げに語ってくれたわけだ。承認欲求の歪み、鬱結した心のはけ口としてのルサンチマンもあるのだろう。このコロナ禍、オタク業界は瀕死の状態だ。実店舗は次々と閉鎖、私にも「会社を辞めました」というオタク業界で働く連中の挨拶メールがよく届く。この業界の雇われの定年は早く、「仕方なくフリー」が大半だ。手っ取り早く小島さんや彼の使う外部スタッフ連中のようなアングラに手を染める人はこれからも増えるだろう。
この取材はもう2ヶ月前のことで、その後に断片的なやり取りはあったものの、他の取材が多忙なことや諸処の面倒事も重なり一時的に放置していた。それを再構成したので時系列がいびつになってしまったこと、中途半端にこうして表出しすることは本意ではないが、伝える意味はあると考える。もっとも、情けない話だがその後の諸事情で書けない揉め事含め、私の手に追えるものではなかったのかもしれない。
人類史上初めて世界中に誰でも悪口を言いたい放題撒き散らせる、ときに他人を自死に至らしめることすら出来る匿名の武器、それで金を稼げる新たな錬金術に、一般人はもちろん、反社会的勢力やその尻尾が手を染めている実態。総務省が誹謗中傷に関する問題に取り組む姿勢を見せたが、せいぜい腹立ち紛れの個人が吊るし上げられるだけで、組織は痛くも痒くもないだろう。この件、途中で「深入りすんな」と別のアングラ系ライターの知り合いからも注意されたが、私が思うよりずっとネットの誹謗中傷やフェイクニュースの根本病理は深く、そして恐ろしいものだった。現状では違法ではないものが大半だが、仮に違法であっても微罪、もしくは民事である。そして悲しいかな、著作権違反のコミックを読み漁る泥棒読者や誹謗中傷のフェイクに面白がって加担者する悪質なユーザーが一定数存在し、こういったアンダーグラウンドな連中のアンモラルな行為を肯定している。これが私たちの手に入れた、輝かしい未来が待っているとされたネット社会とその現実である。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年、著書『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)上梓。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。