トランプ大統領は、「コロナは中国のせい。その現況はオバマとバイデンが対中政策に失敗したから」と言い放つ。日本人から見れば荒唐無稽に見える主張も、アメリカではじわじわと有権者に響いているようだ。その背景には、コロナ問題が悪化するほどトランプ陣営が有利になる、という不思議なカラクリがある。ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏がアメリカ庶民の実相をリポートする。
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アメリカのコロナ感染症の死者は19万人に迫っている。だが、長引く病禍のなかで、死者とは別にコロナに人生を奪われる犠牲者たちにも目を向けねばならない。それは、仕事を失い、自己破産する人たちである。
筆者の友人であるB氏は、ニューヨーク郊外に一軒家を持ち、大学生の娘2人を抱えている。2人は自宅から地方の大学に通っているが成績が特別に良いわけではなく、ごく普通の女子大生である。学費と生活費は学生ローンで何とか工面しているが、通学には車が必要である。もちろん、自活はできないので生活面の支援にもそれなりの費用がかかる。まあ、アメリカの一般的な庶民の家庭である。
それでもB氏の家計は火の車だ。目下の問題は国税局である。税金滞納の通知が最近になって矢継ぎ早に送られてくる。生活と子供の教育費用に手一杯で、税金までカネが回らないのである。もちろん滞納すれば利子がつき、滞納額はどんどん膨れ上がっていく。コロナ問題で、B氏が働いていたネットマーケティング会社は倒産、夫人は高校の臨時雇いの職員をしていたが、学校の閉鎖で無収入が続いている。すべての収入源が断たれた状態が何か月も続き、もはや家計の立て直しは絶望的な状況だ。
これまで持ち家のエクイティローン(不動産を担保に借りるローン)でやりくりしてきたが、ついに融資枠の上限に達してしまった。その返済も滞っている。すでに融資先には国税庁から税金滞納が通知され、夫妻にこれ以上のカネは融資できなくなった。
こうなってしまうと、もはや自己破産を申請せざるを得ない。そして、裁判所にそれが認められたとしても、その先は厳しい。家は差し押さえられて競売にかけられるが、銀行に二束三文で売られる運命だ。借金返済額には満たないだろう。銀行は、多少の損失が出ても早く不良債権と手を切りたいから、それを狙っている不動産屋の餌食になるだけである。
B氏は決して不運だったわけではなく、能力がないわけでもない。怠けていたから今の状態になったのでもない。アメリカ全土で、同じような苦境に陥っている家庭がどのくらいあるのだろうか。今のところ、コロナの影響による自己破産の統計はない。
筆者がB氏と話して印象的だったのは、彼の怒りがトランプ政権でもコロナでもなく、民主党に向かっていることだった。「これまで我が家は民主党支持で、寄付金も出してきた。しかし、いざ窮地に陥ると政治家など何の役にも立たない。何もしてくれない。大統領選挙ではバイデンに投票するつもりだったが、もう期待はしない。政治家など顔を見るのも嫌になった。バイデン陣営からは、寄付金のお願いが毎日5通ほど来る。それを見るたびに腹が立つ。彼が何をやってくれるのだ。トランプが雇ってくれるなら、トランプに投票したいくらいだ」とぶちまける。B氏のような庶民が民主党を支持するのは意外ではないが、生活が苦しいから共和党に乗り換えるというのは、普通は考えられない選択だ。