台所にかけられた呪いを解く
バズり飯界の第一人者で『リュウジ式 悪魔のレシピ』(ライツ社)、『やみつきバズレシピ』(扶桑社)などレシピ本を何冊も出版している料理研究家のリュウジさんは「ぼくは“主婦の味方”という言葉が大嫌いなんです」と話す。
「昔から、料理が好きだということを“男なのに料理するの?”とバカにされていた。でも、自分で食べたいものを自分で作るのは当たり前のこと。自分にとって世界でいちばんおいしいものを作れるのは自分だけです。家族の台所を担う人のことを“主婦”と呼ぶことに疑問を感じます。昔のスタンダードが悪いわけではないけど、時代が変わって共働きが増えるなか、家庭料理に関する考え方もアップデートすべきです」(リュウジさん・以下同)
例えば、炎天下で長時間部活動に励んだ長男は、夕飯にはしょっぱいものが食べたい。でも、ずっと家で勉強していた長女は違うかもしれない。洗濯や掃除など、ほかの家事とは違い、料理の正解は人によってまったく異なるのだ。
「だから“私は今日これが食べたいから作るけど、もし同じものでよかったら、あなたの分も作ろうか”という会話がベストなんじゃないかと思います。
ぼくは料理研究家を名乗ってはいますが、ツイッターのアカウント名は『料理のおにいさん』。“このメニューはこう作ってください”と、先生のような上から目線でアドバイスするのではなく、“これ、おいしいと思うから、作って食べてみてよ!”と、対等な立場で発信していきたいと思っています」
バズり飯の作り手には、それぞれの食の思い出がある。
両親が共働きだった料理研究家のジョーさん。は、「仕事と家事に明け暮れる母親に、少しでも一緒に座ってもらいたい」という気持ちから台所仕事を手伝うようになった。
ぐっち夫婦のSHINOさんも、仕事を持ちながらきょうだい3人分の弁当を作り続けてくれた母親の姿から食の大切さを学び、忙しくても簡単に作れるレシピを考案するようになった。みんな自分の経験から、手早く簡単においしさを実現できるレシピにたどり着いた。
そのレシピはSNSを通じて多くの人に届き、料理を“義務”から楽しいものに変えていく。
「バズり飯は、“時短はズル”“冷凍は愛が足りない”といった、かつての家庭料理の“呪い”を解く役割を果たしています。いまツイッターでレシピがバズっている人たちは、いわば“過去の呪縛を解く救世主”のような存在なんです。
バズり飯が提示するのは、『料理は苦痛でも義務でもなく、誰でも楽しめる娯楽』だということです。調理技術は人それぞれでも、このレシピを入り口にして、少しでも料理を楽しめるようになることで、人生の幸福度が上がっていく。バズり飯は、そんな家庭料理の理想につながっているんです」(イナダさん)
SNSに投稿される短いレシピの先には、無限の世界が広がっているのだ。
※女性セブン2020年9月17日号