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2020.09.17 07:00  マネーポストWEB

中村メイコの終活 大豪邸を手放すきっかけとなった夫の言葉

都内にある大豪邸から引っ越し、いまは夫婦で3LDKのマンションに住む中村メイコ

 最期の瞬間まで自分らしく生きていくためには、楽しく、安心して暮らせる「家」が必要不可欠。それは、長年住み慣れたわが家だとは限らない。自然に囲まれた田舎へ移住したり、戸建てからマンションにサイズダウンしたり、人それぞれの事情とともに「終の棲家」は変化する。理想の終の棲家を見つけた芸能人が譲れなかったものとは何か──。

【写真】長女のカンナと笑顔で並ぶ中村メイコ

「終の棲家って、あまり好きな言葉じゃないんです。人生のラストシーンはシンプルな病室で迎えたいですね」

 そう語るのは、女優の中村メイコ(86才)。2才のときに子役で映画デビューして以来、映画やテレビ、舞台で活躍する彼女は、23才で作曲家の神津善行さん(88才)と結婚。それから何軒かの借家暮らしをしたのち、都内の高級住宅地にマイホームを建築した。敷地300坪、地下1階、地上2階建てという大豪邸だった。

「体育館並みに大きな家でした。お手伝いさんがいないときにピンポンが鳴ったら、階段を上り下りして重い玄関の扉を開けて、そこからガレージを通り抜けて荷物を取りに行く。それがすごく大変でした」(中村)

 長女で作家の神津カンナ(61才)、次女で女優の神津はづき(58才)、長男で画家の善之介(48才)が独立してからも豪邸暮らしを続けたが、80才になっていよいよ人生が終盤に差しかかったとき、夫にこう告げられた。

「きみはなんでもたくさん持っている。それをそろそろやめないか? もしきみが先に死んじゃったら、ぼくはきみの山のようなパンストに埋もれながら、それをどうするか考えなきゃならない。そんなじいさん、嫌だろう? ついては生活を縮小しよう」

 この言葉をきっかけに「終活」を始めた夫婦は住み慣れた大豪邸を手放し、娘たちの家に近い3LDKのマンションに引っ越した。

 大の買い物好きで「東京のイメルダ夫人」と呼ばれた中村だけに、引っ越しの際に処分した靴や衣類はトラック7台分に達した。

「どうしようか迷ったのは、思い出の品々です。主人や(作家の)吉行淳之介さんからもらったラブレターはもの書きをしているカンナに預け、(江利)チエミちゃんと(高倉)健さんが結婚したときの写真は『ごめんねー』と言いながらはさみで切って断捨離しました。ただ、大親友だった美空ひばりさんにまつわるものは最後まで捨てられませんでした」(中村・以下同)

 子供が独立して老後を迎えてから、がらんとした自宅を手放し、終の棲家としてサイズダウンした住まいに引っ越すのは有効な手段だ。

 中村は「老人はコンパクトな生活で充分」と語る。

「引っ越し先の広さは前の家の3分の1ですが、移動が楽になり、キッチンの使い勝手もよくなった。しかも昨年、大腿骨を骨折して足が不自由になったので、狭い家になって本当に助かりました。以前は何百万円もした毛皮のコートを持っていましたが、いまはなんの未練もありません。年を取ったら過去を引きずらず、ものを減らすことが大事。もう断捨離、断捨離ですよ」

 妻が骨折してから、夫の善行さんは毎日病院を見舞い、退院後は自宅で料理を作るようになった。米寿を迎えた夫の最近の口癖は「ぼくがきみを看取って2~3日後に、すぐ天国に追いつくからね」だ。

 一般に家が狭くなると、夫婦の「距離感」が変わるとされる。近づくか遠くなるかは夫婦しだいだが、中村の場合はさらに蜜月になったようだ。

 そんな中村が冒頭のように「いまの家を終の棲家にはしたくない」と語るのは、残される夫や子を慮ってのことだ。

「家で死ぬと、そこにまだ私が眠っているような気がして、いろいろな悲しみが残ると思うんです。同居していた姑が自宅で亡くなったときも、私はその部屋に入ると寂しくなって涙が出ましたからね。だから最期はふらっと入院して、そのままフッと死にたい。家族にもそう言ってるんです」

 終の棲家は自分だけのものではなく、その先を生きていく家族のものでもあることを、芸能生活84年目の女優の言葉は教えてくれる。

※女性セブン2020年9月24日・10月1日号

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