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2020.10.29 16:00  週刊ポスト

『赤毛のアン』の邦題を使わないようになった理由

評論家の呉智英氏

評論家の呉智英氏

 中国やベトナムの名前は外国人が発音しづらいからと、ジャッキー・チェンやビビアン・スーのように、イングリッシュネームをつける習慣がある。それに着想を得ているのか、英語教育の場所でイングリッシュネームをつけ、それで呼び合いながら授業を進めるやり方がある。評論家の呉智英氏が、新聞の読者投稿欄に寄せられた、46年前の高校時代の思い出を記した文章から、『赤毛のアン』の日本語題名と英語題名の違い、「赤毛」が意味するものについて考察する。

 * * *
 産経新聞朝刊に「朝晴れエッセー」という読者投稿欄がある。心暖まる話、しんみりする話が寄せられ、毎月優秀作が選ばれる。読者にも好評のようだ。普通の市民の体験や思考の資料としても興味深く、一種の社会調査のつもりで私も愛読している。

 十月十一日付は「先生とアン」と題した六十代の女性の作品だ。次のように始まる。

「メアリー、これが私のイングリッシュネームだった」

 何かミッション系の施設で育った人なのかと思ったが、そうではなかった。

「46年前、高校2年生になったばかりの春に、当時担任になった女のK先生につけてもらった」

「授業中はもちろん学校内では全員イングリッシュネームで呼ぶ」

 そのネームは先生が一人ずつ「顔を見て第一印象で」決めた。

 一九七〇年代には異常な教育が行なわれていたらしい。日教組はこれを見逃していたのだろうか。いや推奨していたのかもしれない。投稿者自身は「外国の女の子になったような不思議な感覚だった」。この「不思議」はもちろん不快な不思議ではなく、晴れがましい不思議である。

 K先生は「モンゴメリ作の『赤毛のアン』を全員に読むように半強制的に勧めた」。ああ、この先生の行動は一ひねりしてつながっている、と思った。

『赤毛のアン』は、現在なるべくこの邦題を使わないようになっている。原題はAnne of Green Gables。『緑の破風館(はふやかた)のアン』だ。赤と緑では大違い。目は大丈夫か。

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