生きるために欠かせない「食」においても季節感は必要不可欠な要素だ。大正大学客員教授で長年にわたって現代家族の食卓に関する調査を続ける岩村暢子さんが指摘する。
「かつて、日本人は食卓で季節を味わってきました。季節ごとの旬を大切にして、旬の食材に最も合う食べ方を追求してきたし、一年中ある食材でも、夏は冷奴、冬は湯豆腐にして食べるなどの工夫を重ねてきた。冷やし中華や冷製パスタは本場の中国やイタリアにはない食べ方だと聞いています。
食材だけでなく、夏はガラスの器で清涼感を表現したり、秋には紅葉の赤を添えたりするなど、器や盛り付けでも季節感を演出した。こうした繊細な感覚は海外では驚かれるものです」
俳句や教育、食にいたるまで私たちは四季とともに歩み、文化を形成してきた。しかし四季が消えゆくいま、こうした文化もまたともに衰退する運命なのかもしれない。
しかし国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室長の五箇公一さんは「四季の消滅で起こりうる文化の衰退より、もっと大きな危機がある」と警鐘を鳴らす。
「季節感の喪失以上に最も警戒すべきは、食料危機です。国連の『気候変動に関する政府間パネル(IPCC)』の昨年の報告書によれば、温暖化で地球の平均気温が今後2℃以上上昇すると、干ばつや洪水などが発生し、2050年までに世界の穀物価格が最大23%上昇する可能性があります。
しかし日本の2018年度のカロリーベースの食料自給率は37%で、OECD加盟国35か国中30位で、食料危機に見舞われたら立ち行かなくなる恐れがある。
中国の習近平国家主席は最近、食べ残しと大食いを禁止するよう盛んに呼びかけていますが、あれは異常気象で西アジアにバッタの大群が襲来し、近い将来食料難になる恐れから食料を大事にせよとのメッセージではないかともいわれています。今後やってくる食料危機は生きるか死ぬかの大問題なのに、日本はあまりに無関心です」
危ないのは穀物ばかりでない。温暖化で天候不順になれば野菜が高騰するし、魚介類にも影響が出る可能性が高い。テレビでおなじみの気象予報士・森田正光さんはこう言う。
「海水の温度が上昇すれば、海の生態系に大きな影響が出ます。今後、日本近海での漁業にも影響が出るかもしれません」
東京大学大気海洋研究所教授の伊藤進一さんの研究によれば、水温が上昇するとともに生息地が北に追いやられ、国産の鮭、イクラ、しゃこは2050年までに消滅する恐れがある。さらに水温上昇による生理障害や海藻類の消滅などで、あわび、帆立貝、うにまで食べられなくなる可能性もあるという。
温暖化は日本の食文化を根底から覆すかもしれない。そのことを予見するかのように日本の食卓は変わりつつある。
「季節に関係なくなんでも食べられるよう、加工技術や保存技術、流通技術が進化して、真冬でも夏の食材を世界中からフレッシュに運べるようになりました。利便性を求めて自然の制約を乗り越えようとした結果、古くは食文化として四季を感じていたことも、外食シーンで味わう非日常の演出のようになってきた。これは皮肉にも、私たちの欲望の結果でもあるわけです。いまは『ファストフードの月見バーガー』や『コンビニのおでん』で季節を感じる人も増えています」(岩村さん)
※女性セブン2020年12月17日号