「御宅族」と呼ばれていた中国の日本アニメオタク
「ちょっと面白いのは、中国のオタクの中には、鬼滅人気に戸惑っている人が結構いるんですよね」(八子氏)。
なるほど、レビューサイトを見ると、「浮世絵みたいできれい」「主人公が素直でいい」といった称賛のコメントと並んで、「深みがない」「再生回数が多いのは小学生が見ているから」「『進撃の巨人』や『エヴァンゲリオン』などの名作と比べたらレベルが低い」といった批判も並んでいる。
「『中国人は日本アニメ好き』というイメージがあると思うんですけど、実は世代によって違います」(八子氏)
1990年代までは、『鉄腕アトム』や『ドラえもん』、『北斗の拳』、『聖闘士星矢』、『SLAM DUNK』など、日本の人気アニメが中国でテレビ放送されていたので、この時代に幼少期を過ごした中年世代にとって日本アニメは共通の記憶だ。しかしその後、中国の国産アニメ振興策で日本アニメはテレビから姿を消し、ファンの数も減っていく。状況が変わったのは、インターネット配信で日本アニメを楽しむ若者たちが増えてきた2010年代だった。
日本アニメのテレビ放送がなく、かといってインターネットもあまり便利ではなかったこの“空白の世代”こそが中国の日本アニメのコアなオタク層なのだとか。テレビ放送もないのに日本アニメにハマった少数精鋭のオタクたちは、終わりなき戦いを繰り広げるメジャーなバトルアニメよりも、マイナーな深夜アニメこそが“高尚”と見なしていた。
ところが時代が変わり、ネット配信に伴う新たな世代の視聴者が入ってくると、中国で人気を集める主流アニメの傾向が変わってしまう。取り残された古き中国オタクたちの精一杯の抵抗が、前述のような批判コメントに込められていたというわけだ。
「すべてのオタクが『鬼滅の刃』を批判しているわけではないですが、時代が変わってきているのは確かですね。昔は中国語でオタクのことを『御宅族』(オタク族)とか『宅』(オタク)と呼んでいましたが、最近は『二次元』と言われることの方が増えていることなどが象徴的です」(八子氏)
古い世代の濃い「御宅族」たちは、「中国での日本アニメはわしらが守る」という使命感に満ち溢れていただけに、普段は海賊版DVDで日本アニメを見ていても、映画公開時などお金を払えるチャンスがあれば喜んで支払っていた。しかし、配信サイトで簡単に作品を見られる今の「二次元」世代にはそこまでの熱はない。だから、5億7000万の再生回数があっても、劇場まで足を運ぶ人はどれだけいるかは未知数という見立てだ。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』で、主人公以上の人気を誇る登場人物が煉獄杏寿郎だ。その決め台詞どおり、新世代オタクの「心を燃やせ」られるかどうかに、中国でのヒットはかかっているようだ。
【高口康太】
ジャーナリスト。翻訳家。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を行う。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。