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2020.12.23 17:08  BOOK STAND

【今週はこれを読め! ミステリー編】満身創痍の探偵ハリー・ホーレを読むべし!

『ファントム 亡霊の罠 上 (集英社文庫)』ジョー・ネスボ,戸田 裕之 集英社

 満身創痍という四文字がこれほど似合う男はいない。
『ファントム 亡霊の罠』の主人公、ハリー・ホーレだ。

 ノルウェー作家ジョー・ネスボが創造したキャラクターであるハリー・ホーレは、間違いなく現代ミステリーを代表する名探偵の一人である。一口で言うなら、犯人探しに特化した男。殺人犯を追い詰める嗅覚と罠を張り巡らせる狡猾さにおいては右に出る者はいないのに、その他の部分はまったくだめ。警察組織の中ではことごとく人間関係で失敗し、鼻つまみ者もいいところ。そして私生活は破綻していて、完全なアルコール依存症患者である。唯一の救いは恋人・ラケルで、彼女だけがハリーのすべてを受け止めてくれていた。しかし第7長篇にあたる『スノーマン』(2007年)においてハリーは、彼女と息子のオレグを事件に巻き込んでしまい、自責の念に堪えかねて彼女たちと訣別したのである。もう完全に一人。文字通り天涯孤独の身となったハリーは、オスロ市警からも離れることを決め、ノルウェーを発って香港で隠遁生活を開始する。

これが前作『レパード 闇にひそむ獣』(2009年)までのお話だった。もう俺は警官を辞めたと断言していた男が、連続殺人事件捜査のためにオスロに連れ戻されるのが『レパード』の発端だったのだが、今回の『ファントム 亡霊の罠』では自ら進んで彼は帰国する。やむにやまれぬ事情があるからだ。最愛の人の息子であるオレグが殺人容疑で逮捕され、しかも罪を認めているのである。彼を救うべくハリーは活動を開始するのだが、なぜかオレグは彼との面会を拒む。状況証拠は揃っており絶望的な状況の中、いったんは人生を捨てた男が最後の希望を求めて探偵としての最後の闘いに挑む。それが『ファントム 亡霊の罠』という物語だ。

 ジョー・ネスボはミステリー作家として得難い特性を持っている。犯人探しの物語を書くのが抜群に巧いのである。ハリーだけではなく複数の事件関係者を交えた複数視点で叙述が進められていくのが普通で、今回はなんとオレグに射殺されたことになっている事件の被害者、麻薬密売人のグスト・ハンセンがいまわの際に越し方を回想する、その意識の流れが並行して描かれていく。それによって発砲以前に何があったかが明らかにされるという趣向なのだ。過去と現在の叙述は、小説の最後で合流する。疑わしい人物は二転三転して、終盤まで犯人が特定できないような書き方になっているが、容疑者が変わるたびにそれを裏付ける証拠への言及があるので、唐突な印象はないはずだ。無茶苦茶な行動をして、アルコールや薬物の靄の中を彷徨っているように見えるが、ハリーは犯人を追うための論理だけは外さないのである。たぶん、彼の脳はそのためだけに動いている。

 複数視点の物語なので、探偵が知らないところで彼を絶体絶命の危機に陥れる仕掛けが進行していることも多い。ゆえに作品は常にスリルに溢れている。ハリーという男は安全ネットを張ってから前に進むような人物ではないし常に一人で突き進むので、いつでも落とし穴にはまりかねないのである。今回も、ハリーの帰国とほぼ同時に殺し屋らしい男がノルウェーに入りこんだらしい形跡があり、両者の軌跡がいつ交わるのか、とはらはらさせられる。このスリラーの展開で読者の心を掴んでおいて、容疑者を示唆する手がかりをさりげなくばらまくというのがネスボのやり方だ。創作法では、出したピストルは必ず撃て、とよく言われるが、それを実践しているのがネスボという作家である。いくつか印象に残る小道具が出てくると思うが、それらは必ずあとの場面で用いられることになる。

 もともとネスボは株式取引業者とミュージシャンという二足のわらじを履いていた。あまりに忙しかったのか燃え尽き症候群に陥ったためにオーストラリアへの長期旅行を決意し、その途上で小説執筆を決意したという経緯がある。だからハリー・ホーレ・シリーズの第1作『ザ・バット 神話の殺人』(1997年)はアボリジニの刑事とハリーが共闘する物語になっており、主舞台はノルウェーではない。その事件で心に傷を負ったため、アルコールへの依存傾向が強まってしまうのだが、ほぼ習作に近く、後のシリーズとこの第1作は意味的な連関があまりない。ただ、何かというとハリーがアジアに行ってしまうのは、この作品と未訳の第二作あたりに起源がある、というだけ。作者のネスボもアジア好きで、1年のうち半分くらいは海外で過ごしているらしい。

 ハリーがオスロー市警で地獄巡りのような苦行を始めるのは第3作『コマドリの賭け』(2000年)からである。ラケルとの出会いが描かれるのも同作なので、関心がある方はそこから読んでもいいだろう。だが、シリーズであることにこだわらず、中途をつまみ読みしても問題ないはずである。お薦めしたいのは第6作『贖い主 顔なき暗殺者』(2005年)で、ここではハリーもそんなにひどい目には逢わないし、何よりも犯人当ての趣向が非常に大胆な形で行われており、初見の読者にもいいと思う。本書でサーガに関心を持っていただいた方はまず『贖い主』を読んでから、『コマドリの賭け』『ネメシス 復讐の女神』(2002年)『悪魔の星』(2003年)という初期三作でずたぼろになっていくハリーの姿を追う、というのがいいのではないか。そして心の準備がついたところで次の『スノーマン』へ、という次第である。文庫解説は私が書いているのだが、『ザ・バット』は最後でいいのである。

 話がそれた。『ファントム』だ。最初に書いたように、満身創痍の男の話である。これほどまでに傷つきながら、なぜ、と痛ましくさえ感じる。探偵として生きるしかない、不器用で愚かな男の姿をぜひ目に焼き付けていただきたい。シリーズを追ってなくても、結末には衝撃を覚えるはずだ。探偵が犯人を追うという行為にはどこかゲーム感覚がつきまとう。そうした気軽さをはねつけるような切実な物語なのである。ハリー・ホーレという男に感銘を受けたら、ぜひ過去作を。何度も書くが、ハリーは現代ミステリーを代表する名探偵の一人なのだ。人間としてはちょっと、というかかなり駄目な大人なのだけど。

(杉江松恋)

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