「我々の専門、外交や情報などインテリジェンス業界には『最悪情勢分析』という言葉があります。ロシアと日本が北の海で対峙するというのは、2021年現在ではほとんどないと言っていいと思いますが、将来ありうるかと言われれば、悪いことがいくつも重なれば出てくるシナリオです。『最悪情勢分析』では、“危機の方程式”を使い、『脅威=能力×意志』で表します。ソ連時代は共産主義を広めるという強い意志がありましたが、今ではなくなりました。現在のロシアは日本を攻撃する能力はある、けれど、意志がない、なので脅威はない。
ですが、独裁者の国とは違い、民主主義の国の民意はすぐに変わります。先だってもアメリカの議会に人がなだれ込んで撃ち殺される事件が起きたくらいですからね。
例えば、プーチン政権は北方四島に関して二島返還の用意があると言っていますが、やらないとなると、今度は……日本の国民世論が変わるかもしれない」
地政学的な変化ばかりか、さまざまな激動や構図の組み換えが起きていくなかで、近未来の日本が有利な点や武器として使えるリソースは何があるのか、最後に佐藤氏に聞いた。
「日本の武器はやはり教育です。世界の国には、ゲームを作ることができる国と、他人が作ったゲームに従う国のふた通りしかありません。日本は戦前からこれまで、占領期の一期間を除いて、ずっと作る側にいます。それは教育によって知性が担保されてきたからです。
あとは、“独断専行”の力が育まれればなおいいです。『空母いぶきGREAT GAME』に出てくる新艦長の蕪木が時々やる判断が独断専行です。現場で授権されている範囲の中で、いちいち上司の指示を仰がずに対応すること。機を逃さぬための、責任を背負って判断する個人の能力が、これからの日本人にはますます問われると思います」
構成/輔老心 撮影/吉澤士郎
【プロフィール】佐藤優(さとう・まさる)/1960年1月18日、東京都生まれ。作家。在ロシア日本国大使館三等書記官、外務省国際情報局分析第一課主任分析官、外務省大臣官房総務課課長補佐を歴任後、作家に転身。最新著作に『伝え方の作法 どんな相手からも一目置かれる63の心得』(池上彰氏との共著/SBクリエイティブ)。