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2021.03.05 15:59  週刊ポスト

江戸時代からあった男性の「挟まれたい願望」 春画の題材にも

江戸時代の「挟まれたい願望」とは?(イメージ)

江戸時代の「挟まれたい願望」とは?(イメージ)

 胸、太もも、お尻が好きという人は多いが、「胸の谷間」「太ももの隙間」「お尻の割れ目」となるとニッチなフェティシズムだろうか。いや、そうではない。多くの男性が憧れる「狭間の神秘」の歴史を掘り下げる。

 遊郭の歴史は16世紀まで遡る。とりわけ江戸時代初期に吉原遊郭が誕生して以降の史料からは、当時の性文化を如実に窺うことができる。『江戸の性事情』などの著書がある作家の永井義男氏が言う。

「江戸の洒落本(風俗小説)には、吉原の遊女が『寒い、暖めておくんなまし』と言いながら床に入り、太ももを客の両脚に絡めて誘惑する記述が多々あります。当時の着物は洋装に比べて肌の露出が少なく、臀部以外のボディラインも目立たない。はだけた着物からチラリと覗く太ももが女性器を連想させ、興奮を誘っていたのです」

 こうして太ももに挟まれる技巧が誕生し、広まっていったという。

「歌川国貞の春画『春色初音之六女』には、遊女が男性器を太ももに挟む様が描かれています。別の春本にも、遊女は嫌な客には挿入させず“股”で誤魔化したとの記述があります。客は股だと気づかず、入れたかと思うほどの快楽だったそうです」(同前)

 春画は結合シーンのほか、お尻や太ももが多く描かれる一方、胸を強調したものは少ない。胸は現在ほど性的魅力を喚起せず、包容力の象徴はお尻や太ももだった。ただ、月岡雪鼎『婚礼秘事袋』には、太ももに挟むだけでは飽き足らない様子も描かれている。

「遊女が太ももに吾妻形という自慰具を挟み、挿入させています。素股より挿入感を重視したのかもしれません」(永井氏)

 江戸の「挟まれたい文化」は、文明開化とともに進化を遂げる。

「明治・大正以降、徐々に洋装が広まり、着物より胸や太ももが強調され始めた。日本の“挟まれたい願望”はこうして続いてきたのです」(同前)

※週刊ポスト2021年3月12日号

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