古賀は出場選手中最軽量の76キロ。それだけでも大きなハンデを負っていたが、試合では100キロ台の相手を次々と撃破した。準々決勝では最重量155キロの相手を、準決勝も素早い動きで翻弄して108キロの相手を下した。 決勝の相手は大会連覇を狙う小川直也。古賀は169センチ76キロ。小川は193センチ130キロ。この対決は“柔よく剛を制す”、まさに柔道の真髄を体現した戦いとなった。古賀が回想する。
「がっぷり持たれたらダメだと知っていながらも、病気で気力・体力の衰えもあって、一瞬、小川に両手を持たれたんですよね。本来ならば、手で切るなど防御して相手に不十分な体勢を作らせなければいけないのに、小川にパッと持っていかれた瞬間、『まあ、これくらいはいいかな』と思ったんですよ。その瞬間、日本武道館の眩しい天井が見えたんです。あの試合は、負けた悔しさより自分の甘さ、弱さ、狡さに苛立ちを覚えました。一瞬でも隙を見せればこんな結果になるんだと思った。未熟さを感じました」
その境地は、常日頃の自己研鑽、鍛錬を重ねて至ったものかと訊ねると、一瞬の間が空いた後、古賀は「いやいやいやいや」と否定した。
「100%は真面目にやれないですよ。僕の中では97%の遊びがあって、3%だけ頑張ろうかなと思っています。人生の50%頑張れって言われたらできますか? 僕は半分なんて頑張れないです。40%も大変だし、30%も無理だし、10%もちょっときついなと。でも3%なら頑張れると思ったんです。これと決めたものに対して、3%を全集中してやろうと思ったら、こんな僕でもできるかなという考えですね。残りの97%は自分の好きなことをやります」
そして、こう続けた。
「例えば会社で嫌な上司がいたとするでしょう。その仕事も3%だけ頑張ろうって考えてみてください。嫌な奴だけど、3%だけは話を聞いてやるかと思ったら、意外と真剣に聞けるんですよね。そうすると、相手からは『俺の話をちゃんと聞く奴だな』と思われ、意外と好かれちゃうんです。嫌なものを避けるんじゃなくて、3%受け入れるだけで相手からこんなに好かれる。すると事態が好転する。真面目に100%頑張らなくてもいいんです」
柔道家・古賀稔彦は真面目に頑張った。自身が語る以上に頑張っていた。だから、僕も古賀に教わった「3%の頑張り」だけは絶対に守っていきたい。
■文/松永多佳倫