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鉄道と震災秘話 JR東日本の早期復旧を実現させた鉄道関係者の「支援の輪」

東日本大震災で損傷した東北新幹線の電柱(写真/2011年3月、時事通信フォト)

東日本大震災で損傷した東北新幹線の電柱(写真/2011年3月、時事通信フォト)

 東日本大震災から10年。未曾有の大災害を前に、皆が協力し合い復興に努める当時の人々の姿が改めてクローズアップされている。それは鉄道会社にとっても同様。被害を受けた鉄道会社を他の鉄道会社や鉄道関係者が率先して支援する動きが多く見られた。鉄道ジャーナリストの梅原淳さんが、震災で最も大きな打撃を受けたJR東日本と、同社を支えた会社や人々について振り返る。

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 2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災では、激しい揺れが各地で2~3分余りも続いた。だが、JR東日本は大震災が発生して間もない4分後の14時50分に、東京本社に対策本部を設置。そのほか、各地の支社や線路の保守を担当するグループ会社、パートナー会社にも対策室を配置し、被害状況の把握に努めた。同社管内の新幹線、在来線の全線で列車の運転は見合わせとなり、対策本部はただちに線路や施設、車両の点検作業に取りかかった。

 対策本部が稼働を始めたのと同じ頃、JR東日本の清野智社長(当時)のもとにほぼ同時に2本の電話が入った。JR東海の山田佳臣社長(当時)と、JR西日本の故・佐々木隆之社長(当時)の2人だ。「必要なものがあれば何でも言ってください」。2人の社長は清野社長にそう話したという。

 対策本部の担当者たちは各線の被害状況を把握するため、線路やホームを歩いて回ったが、点検作業は困難を極めた。東北新幹線は線路の長さだけで675kmもあるうえ、沿線では余震が続き、停電や断水が発生してインフラが寸断されていたからだ。それでもJR東日本は、普段は線路の保守作業などに用いるディーゼル発電機を稼働させながらなんとか復旧作業に当たった。だが今度は、主要な道路が寸断され燃料の供給が止まり、燃料が早々に底を突きかける問題に直面した。

 清野社長は、山田社長、佐々木社長に連絡し、燃料が不足していることを伝えたところ、2人の社長は即座に支援を約束。JR東海、JR西日本両社の担当者を通じて燃料が集められた。両社が用意した燃料は、JR東日本子会社のJR東日本物流が手配したタンクローリーによって、各地の復旧作業が行われている場所へと無事運ばれたのだ。

 燃料だけでなく、両社は多数の人材も派遣した。JR東海は、同社関連会社の新生テクノスを通じて、JR西日本は同社子会社の西日本電気システムを通じて、どちらも約100人ずつ人員を送っている。

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