マーケティング調査で見える“情緒価値”
――「金麦」がヒットするという確信が持てたのは、具体的にどういった点だったのでしょうか。
吉雄:美味しいという自信が持てた商品だったことに加えて、「金麦」は情緒的な部分、いわば消費者インサイト(※注)をしっかりと掘り下げていった商品だったからです。
※注/消費者の購買行動の奥底にある、時には本人も意識していない本音を把握することでマーケティングに活かす。
もともと、サントリーではビールであれ飲料であれ、新商品の企画を考える際に、「この商品はどういう気分でお客様が買われるのだろう」と、お客様の気持ちに沿って喧々諤々と議論する社風があります。
すでにヒットしていた「ジョッキ生」を買われたお客様の声を分析してみると、お金がないから節約志向で新ジャンルの商品を買っている人ばかりではない、ということが浮かび上がってきました。購買の中心層はサラリーマンですが、実際に買われた方々の年収などを調査してみると、決して低くはありませんでした。
ではなぜかといえば、大抵が「家を買ったので住宅ローンの負担が大きい」とか、「子供が何かと物入りな受験期だから……」といった理由で家族から制限をかけられている。ビールを飲むのが楽しみなのに、「価格が安い新ジャンルのビールにして」と奥様に言われているわけです。
ですから、新ジャンルを買われているサラリーマンの多くの方が、行き場のないモヤモヤ感を抱えていらっしゃる。残業して夜遅くに帰ってきたら家族はすでに就寝中というのが現実でも、本当は、ラップをかけたご飯をレンジでチンして食事を摂るのではなく、奥様やお子さんに「おかえりなさい、お疲れ様」と言って欲しいと思っている方も多かった。
そこで、「金麦」の美味しい味わいとともに、テレビCMで女優の檀れいさんが『「金麦」と待ってるから』と呼びかける商品コミュニケーションを展開しました。理想の妻役である檀さんが頑張っている人を癒すという構成で、嬉しい気持ちで飲む「金麦」のシチュエーション。そこもヒットした要因だと思います。
――時代背景としても当時はマッチしていたわけですね。
吉雄:「金麦」を発売した2007年当時は、まだ共働き世帯が現在ほど多くはありませんでしたが、2008年9月にリーマンショックが起こって景気が悪化して以降、明らかに共働き世帯が増えていきましたからね。
商品の中身設計に缶のパッケージデザイン、商品のコミュニケーションをすべてセットにして、チームで開発した点も成功要因だったと思います。「金麦」発売から15年近くが経過した今も、飲む気分やコミュニケーションのトーンなどは時代とともに少しずつ変えつつ、“情緒価値”を大切にするという点は一貫しています。
【プロフィール】
吉雄敬子(よしお・けいこ)/1991年サントリー株式会社入社。ビール事業部ブランド戦略部を経て、2013年サントリー食品インターナショナル食品事業本部ブランド戦略部部長。2014年からは再びサントリービールのブランド戦略部に所属し、2019年同社ブランド戦略部長。2021年1月よりサントリーワインインターナショナル社長に就任して現在に至る。
●聞き手/河野圭祐(経済ジャーナリスト)
●撮影/内海裕之