コロナ患者の受け入れ態勢はいまだ整っていない(提供/東京医科歯科大病院)

コロナ患者の受け入れ態勢はいまだ整っていない(提供/東京医科歯科大病院)

 私の勤める病院は、地域で唯一の「感染症指定医療機関」である。肩書きだけは立派だが、実際は、二百床にも満たない小病院で、呼吸器内科医も、感染症専門医もいない。施設も老朽化が進み、感染患者隔離のための設備など望むべくもない。

 そんな病院がなぜ「指定医療機関」なのかという問題はここでは論じない。急速に変化する感染症の臨床状況に、制度が追いついていないためだと付言するにとどめる。

 いずれにしても、この未曽有の新興感染症に向き合ったのは、当院の内科と外科の医師である。先に述べたように専門家はひとりもいない。私自身、消化器内科が専門である。文字通り手探りの診療を続けながら、私がなによりも痛感したのは、コロナ診療の内側と外側の「認識の格差」であった。

 毎日数千人の感染者が報告されているというのに、病院から一歩外に出れば、不思議なほど楽観的な空気が広がっていた。町中には人が行きかい、テレビでは表情だけは深刻ながら、切迫感の欠落したコメンテーターの声が往来していた。飲食業や旅行業の経営難が連日報道され、人の流れを抑えようとする政府の政策に、怒りの声をあげる様子が様々な角度から報道されていた。

 繰り返しになるが、私はただの内科医である。経済と医療のバランスについて発言するだけの知識はない。ただ少なくとも、病院では家族から切り離されたコロナ患者が連日のように孤独に死んでいたのである。夫婦、親子、兄弟といった大切な絆があっさりと断ち切られ、患者は隔離病棟の中で、誰に手を握られることもなく孤独に命を落としていった。そんな絶望的な事実が、しかし経済の苦境を訴える大声に、かき消されているという印象をぬぐい切れなかった。

 コロナ診療の過酷な状況が、伝わっていないのではないか。その思いは、日々の疲労感と相まって恐怖にも近い感覚を私に与え、『臨床の砦』執筆の動機を形づくったのかもしれない。

 しかし、認識の格差は、医療者と一般人の間にだけあったわけではない。むしろ、より深刻であったのは、医療者間の認識の差であったと言って良い。先に述べたごとく、感染症指定医療機関は戦場のような修羅場を呈し、スタッフは命の危険を感じながらも患者を受け入れ続けていたが、一方で、コロナ診療を拒絶している近隣の病院を訪ねてみると、唖然とするほど、のどかな空気が流れていた。

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