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2021.06.10 16:00  マネーポストWEB

「食育ってなんですか?」30代女性を今も苦しめる「完食教育」のトラウマ

「完食教育」に苦しめられている子供もいる(イメージ)

 子供の頃、「完食」を強要された――。そんな経験がトラウマとして残っているのか、大人になってからも飲食の場で苦労している人がいる。メーカーに勤める30代の女性・Aさんもその一人。自身は少食で、かつ食べるのに時間がかかるのだが、家庭でも学校給食でも完食することを求められ続け、今も人と一緒に食事をすることが苦手だという。Aさんに、自身の体験を聞いた。

「もう辛い思いをしてまでご飯を無理に食べたくありません。本当に地獄のような日々でした」

 そう振り返るAさんには、1歳違いの兄がいる。小柄な母親は、「せめて子供たちには大きくなってほしい」という思いから、とにかく量を食べさせた。Aさんは兄と同じ量のご飯を残さず食べなくてはならず、食べ終わるまで食卓から離れることが許されなかったという。

 物心ついた頃から、朝は牛乳500mlがマスト。昼の給食でも牛乳が出るが、母親はかたくなに牛乳を飲ませた。Aさんの成長を思う親心だったのだろうが、Aさんは牛乳が苦手だった。「朝、母が洗濯や掃除などの家事をしている時を見計らって、こっそり流しやトイレに捨てていましたが、一度見つかり、激しく怒られました」と苦い経験を振り返る。

 Aさんにとっては、夕食もつらかった。主菜は必ず3品以上。副菜も4、5品はあった。Aさんが覚えている高校時代の食卓は、カツカレーに餃子に刺身、きんぴら、卵焼き、マカロニサラダ、ほうれん草、冷奴という具合だ。主菜の量も、少しずつではなくすべてきちんと「一人前」、副菜も手のひらほどの中皿に溢れんばかりだったという。

「兄が食事で苦労しているのを見たことはないので、よく食べる人だったのでしょう。でも同じ兄妹だからといって、私まで食べられるわけではない。ただ、その頃は『普通』がわからなかったので、家のご飯は全部食べなくてはいけないもの、という感じでした。

 家族が次々に食べ終えても、一人ぽつんと食卓に残っていて、食べ終えるまでに3時間ほどかかることもザラ。量もさることながら、私はただでさえ食べるのが遅いんです。リビングから見えるところに食卓があるので、牛乳のように捨てにいくこともできません。吐きそうになったり、時々動悸がすることもありました。単純な満腹感というだけでなく、プレッシャーだったのかもと今では思います」(Aさん・以下同)

 母親の「たくさん食べさせたい」という気持ちと、Aさんの「そんなに食べられない」という気持ちのミスマッチが、Aさんを追い込んでいた。

◆掃除の時間に埃が舞い上がるなかでの給食

 Aさんは、家の中だけでなく学校の給食でも苦痛を強いられた。中でも、Aさんが「地獄だった」と回想するのは、小学3年生の時のエピソードだ。当時の担任は、班ごとに給食の「完食」を競うゲーム形式を導入した。全員が完食した際には『○班、食べ終わりました』と挙手して報告する。

 Aさんはいつも同じ班の人に『邪魔者』扱いされた。「Aちゃんが食べられないから〇班に負けた」「Aと同じ班になったらハズレ」などという言葉が浴びせられたこともあった。だが、「地獄」はそれだけでは終わらなかった。

「昼休みに入り、掃除時間になっても、食べ終わるまで机から離れることが許されませんでした。みんなが掃除をし、埃がもうもうと舞い上がるなかで一人孤独に食べていたものです」

 Aさんにとって、自分に選択権がなく、「与えられる」食事は苦行でしかなかった。「早く家を出たい一心」で大学受験の勉強に励み、難関大学に現役合格を果たした。

「浪人したら、また家のご飯を1年間食べなくてはならない。そんなことになってたまるかという気持ちでした。晴れて大学生になり、一人暮らしを始めた時には開放感でいっぱい。それからの人生は、もう好きなものを好きなだけしか食べないと決意しました」

◆完食させることだけが食育ではない

 そんなAさんは、大人になっても、外食で完食できることのほうが少ない。しかも前述の通り食べるのが遅いので、人と食事をするのが基本的に苦手だという。飲み会では、全員で大皿を分け合うようなスタイルならいいが、コース料理のように一人ひとり決まった量が出てくるものはできるだけ避けたいのが本音だ。

「コース料理だと、食べ終えるまでお皿を下げてくれないので、食べるのが遅い私の前にお皿が渋滞していくんです……。注文する前に完食が無理そうだなと思ったら、お腹がすいていても注文しないか、最初から量を減らしてもらいます。他人からみたらまるでダイエットをしている人みたいですが、全然そんなことはない。家で、自分のペースで食べるほうが気楽なだけです」

 このように苦しい経験を吐露してくれたAさんだが、感謝している面もあるという。

「完食教育のおかげで、どうしても食べられないものはありません。好き嫌いがないのは、良かったことかなと思います。あと、成長期にいっぱい食べたおかげか、高校生まではポッチャリでしたが、その分身長も伸びました。体重は、大学時代から自分にとっての“適正”量を食べるようになると、自然と標準になりました。母は、すくすくと大きくなった身長について『私のおかげよ』と言い張ります(笑)」

 Aさんは、自身の経験から「完食させることだけが食育ではない」と考えるようになった。最後に、こう訴える。

「私は子供の頃の食事に、楽しい記憶がほとんどありません。大人になって、このことを先輩に告げると、『食卓を囲むのって、本来楽しい記憶であるはずなのに……』と驚かれて、ハッとしました。どうか世の子育て家庭では、子供一人ひとりの食べるペースや食べられる量、そして食べている時の表情に目を向けてほしい」

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