このとき、「アセナ・ニューロサイエンス」は、人間のアルツハイマー病遺伝子をマウスに組み込んだトランスジェニック・マウスの開発に成功。そのPDAPPマウスでデールのアイデアは試される。
すると、通常は1年でアミロイド斑を生ずるマウスにアミロイド斑が生じなかった。ついでアミロイド斑が生じたマウスに投与すると、そのアミロイド斑がきれいさっぱり消えてしまったのである。
この研究をまとめた論文が1999年7月8日号の『ネイチャー』に掲載されると科学コミュニティーを超えた大反響になった。
人類は初めてアルツハイマー病の進行を逆にした。アルツハイマー病は治る病気になる!
この『ネイチャー』の論文をバイオジェンに入社して2年目のアルフレッド(アル)・サンドロックは読んだのだった。このときまでアルは、多発性硬化症の薬に興味があったのだが、この論文を読んでアルツハイマー病の治療薬を手がけてみたいと思った。
副作用で治験中止
デールのワクチンは、AN1792として治験が開始された。米国と英国の100人の患者にアミロイドβを注射するフェーズ1は無事通過。
2001年10月から始まったAN1792のフェーズ2治験に参加した患者の総数は米国と欧州で375名。
チューリッヒ大学に勤めるロジャー・ニッチも、デールの1999年のネイチャー論文を読んで衝撃を受けた一人だ。志願して、チューリッヒ大学附属病院でのAN1792の治験を同僚のクリストフ・ホックと始める。30名の患者の腕にAN1792を筋肉注射した。
ところが、このAN1792は深刻な副作用を生じることになる。急性髄膜脳炎がAN1792を注射した患者の中から発生したのだ。
症状は、頭痛や発熱、吐き気、患者によっては錯乱をおこし、昏睡状態に陥る患者もいた。半身が一時的に不随になる患者や、失語症に陥る患者もいた。
チューリッヒ大学附属病院でも、3人の患者がこの急性髄膜脳炎を発症した。治験はただちに中止された。
ロジャー・ニッチとクリストフ・ホックは、失敗した治験からこそ多くのものを学べると考えていた。AN1792を投与した30人の患者を1年にわたって経過観察をする。
すると興味深いことがわかる。30人のうち20人が抗体を生じていたが、その中には、急性髄膜脳炎を発症した患者はいなかったのである。
これは何を意味するのだろうか? つまりワクチンによって生じた抗体が原因で脳炎が起こったのではない、ということだ。このことは、まず『ネイチャー・メディスン』誌の2002年の論文になる。
さらに面白いことに、抗体を生じなかった10人がその後1年間で、認知機能のテストで下降を続けていたのに対して、抗体を生じた20人は、認知機能の衰えがほとんど進まなかったのである。しかもふたつの認知症スケールを使って測った結果でだ。