工藤玲音さんの第一歌集『水中で口笛』
私は明るいけど。明るいだけじゃない
工藤さんが、自分の転機になったと考えるうたがある。
雪の上に雪がまた降る 東北といふ一枚のおほきな葉書
歌集の歌はそれぞれ章ごとにまとめて編まれているが、このうただけは独立して置かれている。
「大学短歌バトル(角川文化振興財団主催)の第1回大会で最優秀方人賞を受賞したうたです。私は生まれたときから東北にいて、それまで積極的に東北のことを書くことはしてこなかったんですが、このときは全国の大学から大勢集まるというので、ご挨拶みたいにしてできたのがこのうたです。このうた以降、おのおのが自分のいる場所を詠むっていいなと思うようになりました」
「葉書」のうたの、隣のページに載る一首にも、さまざまな思いがこめられている。
おめはんど顔っこ上げてくなんしぇとアカシアの花天より降りけり
岩手の方言が自然に織り込まれているこのうたは、東日本大震災が起きてまもない、高校2年生のときに詠んだもの。復興応援のために短歌を寄せてほしい、という依頼を受けてつくった。
「『短歌甲子園』の出場者に対しての依頼だったので提出しましたけど、もし有志への依頼だったら、たぶん出さなかったと思います。震災を簡単に物語化することに抵抗があって、これでいいんだろうかと、複雑な気持ちで詠んだことを覚えています」
水中では懺悔も口笛もあぶく やまめのようにきみはふりむく
タイトルの『水中で口笛』は、工藤さんのブログのタイトルでもある(ブログは既に閉鎖されている)。軽やかでいて、少し苦みも感じさせる。
「学生短歌をやっているとき、『工藤玲音は明るくて無敵』ってすごく言われたんです。良くも悪くも闇がない、とも言われ、ちょっと悔しかった。明るいけど、私は明るいだけじゃない。ブログをこのタイトルにしたのは、一筋縄ではいかない感じを無意識に出したかったんじゃないかと思います。『水中で口笛』には『息継ぎのような日々』というサブタイトルが自分の中ではあって、歌集のタイトルはこれだな、とすんなり決まりました」
短歌のほかに俳句、エッセイ、小説も手がける。俳句のウェブマガジンに連載したエッセイ『わたしを空腹にしないほうがいい』は、地元盛岡の書店「BOOKNERD」から出版されて版を重ね、リトルプレスとしては異例の1万部超えの売り上げを記録している。
短歌、俳句は「工藤玲音」、エッセイと小説は「くどうれいん」で発表している。
「マルチだとか、二刀流、三刀流と言われたりしますが、高校の文芸部のときは、自由詩と俳句、短歌、エッセイ、小説、戯曲、児童文学の7ジャンルを同時に書いていたんです。その中で得意だと思うのが俳句と短歌、エッセイで、最近ではそこに小説も入ってきたんですけど、自分としては文芸部をずっとやってる感覚です」
取材はオンラインで行った。飼い犬のいびきがうるさくないですか、と工藤さんは気にしてくれた。時折、鳥の鳴き声が聞こえる。ヒヨドリが窓のすぐそばに巣をつくっているのだと、楽しそうに話す。
「苦しんで書いたことは、あんまりないですね。ネタ切れになるという感覚もないです。ネタ切れになったらネタ切れになったというのをネタにして書けばいい。書いて納得がいかない、ということはあっても書けないということはないですね。書くことはものすごく楽しい。働き過ぎて疲れてブルーになってても、週末に書いているうちにめちゃくちゃ元気になるので、私は書くことが本当に好きなんだと思います」
【プロフィール】
工藤玲音(くどう・れいん)/1994年生まれ。岩手県盛岡市出身。著書に、本書のほか、エッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』がある。文芸誌『群像』4月号に掲載された「氷柱の声」が芥川賞候補になった。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2021年7月22日号