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2021.07.21 19:45  BOOK STAND

【今週はこれを読め! エンタメ編】失恋の真相を解き明かす〜大石大『いつものBarで、失恋の謎解きを』

『いつものBarで、失恋の謎解きを』大石 大 双葉社

 社会学とエンタメの融合という独特の境地を切り拓きつつある新鋭・大石大の長編第2作。本書では、主人公・大谷綾の過去の失恋の真相を解き明かしていく安楽椅子探偵ミステリー的な趣向が、最大の読みどころといえよう。

 舞台となるのは綾の行きつけのバー「Smile」。1年ほど前、最寄り駅のホームから線路沿いの店の看板を見かけたことがきっかけで足を運ぶように(この看板も、その後のちょっとした謎を解く手がかりになっている)。自分のアパートとは反対側にある駅の北口の「Smile」に通い続けるようになったのは、オーナー兼ママのみひろの魅力に負うところが大きい。綾が仕事でへこんだり先行きへの不安が募ったりしたとき、悩みを真剣に聞いてアドバイスしてくれる得難い存在なのだ。

 その夜綾は、「Smile」でお得意の台詞である「意味わかんない」を連発していた。最近いい雰囲気になった男性とデートしていたというのに、途中でけんか別れしてきたのだ。「私っていつもこうなんです。好きな人や恋人ができても、必ず今日みたいに、男性がたいした理由もないのに急にへそを曲げちゃって、理不尽な形で関係が終わっちゃうんです」と愚痴る綾。それを聞いてみひろが、「たとえば、どんな別れ方したの? これまでに」「あらためて振り返ったら、理不尽なんかじゃなくて、ちゃんとした理由があったことに気づけるかもしれない」と話を振ってきた。探偵役を務めることになったのは、カウンターの隅に座っていた、みひろの知り合いらしい気弱そうな男性。みひろは「ただの常連さんよ」と言うが…。

 みひろから「センセイ」と呼ばれているその常連の男性が、綾の過去の失恋経験談を聞いて発したのは、「ホーソン実験」という聞き慣れない言葉。「ホーソン実験」とは簡単に言うと、「百年近く前にアメリカの企業で行われた実験」で「生産性向上を実現するため、労働環境が作業効率にどれだけ影響があるかをたしかめる」という目的で実施されたもの。常連の男性は、「ホーソン実験」と綾の経験との共通項を指摘し、当時のデートの相手の心理状態を推測してみせたのだった。綾がなぜふられたり、いい感じになったと思ったのにうまくいかなかったりしたのか。もはや昔のデート相手のほんとうの気持ちを知る術はないのだが、知識や観察眼を駆使して人間の心理に迫っていくという構造になっている。

 本書でもうひとつ注目していただきたいポイントは、連作ミステリーである各章のタイトル。それぞれ綾が恋愛していた時代のヒット曲の題名が使われているのだ。例えば第一章の章タイトルになっているのは、綾が大学1年の頃に流行っていたYUIの「CHE.R.RY」。当時mixi(最先端でしたよね)で知り合って初めて対面した相手と、井の頭公園のベンチでイヤホンを片耳ずつシェアして聴いた曲だった。第四章の「First Love」は、綾が小学5年のときの大ヒット曲。宇多田ヒカルのことを教えてくれた男子との思い出につながる、アルバムタイトル曲だ。紅白歌合戦の視聴率は7割超えが当たり前だった時代を知っている身としては、ヒット曲で世相を振り返るという感覚はなじみ深いもので、そういった意味でも楽しめる一冊であった(自分の小5の頃のヒット曲といったら、「プレイバックPart2」とかだけども)。

 著者は、『シャガクに訊け!』で2019年にデビュー。主役は、「シャガク一のダメ教師」と評される社会心理学の専任講師・上庭と、上庭ゼミに入ることを条件に進級させてもらった女子大生・えみる。彼らが、学生たちから持ち込まれる相談事に対し社会学を応用してアドバイスしたり、よりアクティブに立ち回りつつ問題解決にあたったりする作品だった。学問と娯楽要素のグッドバランスは、初手から発揮されていたのです!

(松井ゆかり)

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