卯助は「やい、テメエら! 神妙にしやがれ!」と盗賊たちを一喝。すると一味の頭目が「ムカデの卯助親分じゃありませんか?」と声を掛ける。「おう、お前か。まだこんなことをやってるのか」。頭目は子分たちに「このお方は、その気になりゃ百や二百の手下が集まる大変な親分なんだ! 束になっても敵うわけがねえ」と言って卯助に平謝り……。
卯助の本性が露わになるカタルシスを、文蔵はドスの利いた演技で見事に表現した。卯助を畏怖する盗賊のオドオドした態度の可愛さ、卯助の正体を知って怯える目明しの可笑しさも文蔵ならでは。最後、飴売り稼業に戻る決心をする卯助の独白が余韻を残す。亡き師匠の作品を自分のものとして磨き上げた文蔵の心意気に胸を打たれる名演だ。
【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『21世紀落語史』(光文社新書)『落語は生きている』(ちくま文庫)など著書多数。
※週刊ポスト2021年8月27日・9月3日号