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コラム

2021.09.03 07:00  SUUMOジャーナル

築100年の長屋のまち「墨田区京島」にクリエイターが集結中! いま面白い東京の下町

(写真撮影/内海明啓)

戦時中、奇跡的に戦火を免れたことから長屋が多く残り、豊かな風景をつくっている東京都墨田区の京島。歴史ある建物と、下町のコミュニティに魅せられ、ここ10年ほどで定住するクリエイターが増えています。古い家屋を現代に生かし、2008年から人と人を結ぶ活動を続けてきたまちづくりの立役者と、このまちで活動する方々に話を伺いました。
築約100年の長屋と働く人たちに魅了され、地元に根差して奮闘東武スカイツリーライン「曳舟駅」、京成電鉄「京成曳舟駅」の南東の50万平米に満たないエリアに、約6900の世帯が集まる東京都墨田区京島。もともと一帯は水田と養魚場でしたが、1923年の関東大震災を境に急速に宅地化。新潟からきた大工衆「越後三人男」が、家を失った人々に向けて長屋を建て、賃貸住宅にしていったのがその理由です。
戦時中は近隣の線路や川・道路が防火提の代わりになったのに加え、住人の懸命な消火活動もあって戦災を免れ、それらの家屋がそのまま残存。昔懐かしい風景を引き継いでいます。

至るところにある長屋はすべて関東大震災後に大工衆「越後三人男」が建てた築約100年のもの(写真撮影/内海明啓)

奥は千葉大学の学生らが手がけたシェアハウス「すみだアカデミックハウス」。収益性を見込みにくい長屋の課題を払拭した画期的なケース(写真撮影/内海明啓)

映画制作をしていた後藤大輝さんがはじめて京島の魅力に触れたのは、知人から聞いて訪れた2008年のこと。味わい深い家屋はさることながら、木工・樹脂・板金・切削・プレス加工などあらゆる町工場が存在。地元に根差し、支え合いながら働く人たちのあり方に“ものづくりのまち”としてのポテンシャルを感じ、「とことん引き込まれた」と言います。

京島のまちづくりの立役者である後藤大輝さん。職人が話す文化的な言葉と“土着”する姿に惹かれたそう(写真撮影/内海明啓)

築96年になる後藤さんの事務所。向かいの建具屋の方が植樹してくれた葡萄のツルが風情を加えています(写真撮影/内海明啓)

新しい住人と既存コミュニティがものづくりを通してつながる土壌13年前から京島で暮らし、アートイベントの開催や空き家の発掘・再生・運営など、あらゆる京島のまちづくりに携わっている後藤さん。ものづくりをする人にとって、着想を得やすい環境や、近くに助け合える人がいることは何よりの財産。京島にそうした可能性を感じたクリエイターらが、徐々に集まるようになりました。古い家屋をDIYでアトリエにしたり、ギャラリー・ショップを開いたりと、動きが広がります。

軒先は格好の作業場であり作品の展示スペース。シェアアトリエ「京島共同木工所」の前で木材をカットする「すみだ向島EXPO」実行委員会の山越栞さん(写真撮影/内海明啓)

作品づくりのために問屋や職人が近くにいる京島にアトリエを構えた「totokoko(トゥートゥーコッコ)」デザイナーの工藤智未さん。「何かをするときに協力してくれる人がたくさんいるのがいいですね」(写真撮影/内海明啓)

地域に新しい人が来たとき、ともすると古くからいる人たちとの間で温度差ができそうですが、ここでは逆に職人たちが力を貸してくれるのだと言います。

「そのきっかけは、例えば展示会の準備でのこと。大抵のクリエイターは趣ある会場にしたいので、職人にそれを相談します。すると教えてもらいながら一緒につくることになるケースが少なくありません。自分たちの活動に関心を持ってもらえますし、コミュニケーションも取りやすい。完成した空間を喜んでもらえると、こちらもうれしさがこみ上げます」

午後の休憩中の建具職人の方々と後藤さんが談笑。「家屋は長く大事に使うもの」という共通の思いが、新旧の住人をつないでいます(写真撮影/内海明啓)

ものづくりのまちでは自分の表現したいものをさらけ出すことが自己紹介になる――。
後藤さん自身も京島にきた当初、子どもたちの施設で撮影をしたり、ワークショップの手伝いをしたりして地元の人と親睦を深めてきたからこそ、実感を込めて言います。

空き家を知ったら大家のもとへ。防災性も備えた長屋を住人につなぐ地域に新しい人が定着するには、受け皿となる住居が欠かせません。大家と住人をつなぐことが後藤さんのライフワークになっています。

「歴史を重ねた家屋には、入居者が建物にどう関わってきたかが現れているもの。使い込まれた床や梁・柱などにあたたかみが宿り、アイデンティティを感じます。
空き家が出たとき、黙っていると駐車場やマンションになってしまいかねません。『価値ある物件がまちで生かされて欲しい』その一心で大家に交渉します」

1925年に建てられたかつてのブリキ職人の家屋の内部(現後藤さんの事務所)。屋根裏の目隠しの屏風がユニーク(写真撮影/内海明啓)

かつてのブリキ職人が洋風建築をモチーフに手がけた装飾的な雨どい(写真撮影/内海明啓)

大家へのアプローチは、はじめこそ上手くいかなかったものの、2010年に長屋を一軒、リノベーションしてシェアカフェにしたのを足がかりに「まちで活用されるのなら」と、受け入れてくれるように。
今では大家が親しくしている不動産会社とも関係が築かれ、率先して空き家の情報を教えてもらえるまでになったそう。

「後々トラブルにならないよう、『こんなふうにDIYしたい』『家賃はこのくらいがいい』といった入居者の要望と、大家の許容範囲をすり合わせ、不動産会社にしっかり契約書をつくってもらっています」

日替わりでカレーや洋食などの飲食店が入るシェアカフェ「爬虫類館分館」。京島の長屋に興味のある方は後藤さんに直接、連絡を入れれば紹介してもらえることも(連絡先は記事末の取材協力リストに)(写真撮影/内海明啓)

長屋は現代の建築基準法に合わせて建てられていないため、耐震性や耐火性にも注力。墨田区の「木造住宅耐震改修促進助成」を利用したり、現場の施工会社の判断を仰いだりしながら、改修のタイミングで筋交い・柱・耐力壁を入れるなどして耐震補強。
防火のために古い配線や、既存のブレーカー・照明を撤去。耐火性能の高い石膏ボードを入れるなどの試みをしています。

仲間を迎えて古い家屋を現代に蘇らせ、さらに表現を楽しめるまちへ「京島の長屋を借りた場合の家賃は、近隣の賃貸アパートとほぼ一緒。むしろ築古だからこそ、大家も住人も育てる気持ちで労力をかけていかないと、維持できないと言えるでしょう。たとえ面倒に思えても、この歴史的な建物がベースにあるからこそ、自己表現の場としての懐の深さ・創作の伸びしろ・地域のつながりが生まれるのだと。このまちで得られる豊かさを、多くの人に体験してもらいたいです」

これまでも自身で長屋を借り、レンタルスペースやシェアハウスなどを企画・運営してきた後藤さん。今後は、滞在制作の後押しなど、まちと表現したい人をつなげる活動を、さらに推し進めたいと考えています。

約2年前から京島のプロジェクトに関わるようになったヒロセガイさんは、大阪で住宅をリノベーションしたり、全国の芸術祭で企画・制作したりして活躍してきたアーティスト&ディレクター。

京島で建物の再生を手がけるヒロセガイさん。自身が芸術監督を務める街なか芸術祭「すみだ向島EXPO」がこの10月から開催(写真撮影/内海明啓)

「もともと東京には“最先端”のイメージがありましたが、約20年前、アートプロジェクトをきっかけに向島エリア(京島を含む墨田・東向島などの地区)でものづくりをする人たちと出会い、よい意味で遠慮がない『下町つき合い』に触れ、『本当の東京って、こういうことでは』と心を打たれたんです」

以来、現代美術の分野で向島エリアの仲間とつながってきたヒロセさん。約2年前、後藤さんから声をかけられたのを機に、古い家屋と人々が連帯する京島に身を置き、活動していくことにしました。

今、手がけているのは「京島駅」と名づけたまちの駅。京島に来たら訪れるべきところで、旅立つところです。
ここはかつて米屋でしたが約2年前に店主が他界。相続した親族は当初、駐車場にする予定でしたが、後藤さんが「賃貸にして欲しい」とかけ合い、ヒロセさんが企画・監督。コミュニティづくりに役立つ施設へと蘇らせました。

もとは「小倉屋」という米屋だった「京島駅」。1階の一角にはネパールレストラン「Art & Nepal」(「すみだ向島EXPO」に合わせて10月1日に オープン予定)があります(写真撮影/内海明啓)

一歩入ると懐かしい空気に包まれる「京島駅」ですが、それだけでなく、あちこちにアーティストの仕かけが隠されているのがポイント。1階は田舎に帰って家族とくつろぐ空間、2階は祭りを眺める客席をイメージし、レストランやイベントスペースを設けています。

「墨田の人たちには“江戸っ子”の気風があって、私からすると未だ江戸時代を生きているように見えるんです。この場所が、現代とは違う未来につながれば面白いなと思っています」

「京島駅」の壁をセメントモルタルで装飾するのは、左官アーティストの村尾かずこさん(写真撮影/内海明啓)

2階のイベントスペース。家屋に合わせて入れ替えた建具が雰囲気をアップ。天井にはタコとエビの絵を描いています(写真撮影/内海明啓)

家屋の構造上、水道の配管が露出されること、昔の銅管の質感のよさに着目し、配管で文字を描いたアート作品を制作。「配管工がさながら伝統工芸士になり、その場を感じてこうした作品をつくったらいいなと思い、手がけました。“配管グラフィティ”と名づけています」(写真撮影/内海明啓)

ヒロセさんにかかると廃材さえ場をつくるための材料。家屋のところどころで感じるエピソードに着想を得て、人々がワクワクとするものへと昇華させてゆきます。

「決して取り残されたものではなく、建物側から広がる風景を大事にしたいと思っています。お祭りのアイデアを浮かべるのも好きなので、商店街でも面白いことをしていきたいです」

京島を代表するスポット「キラキラ橘商店街」。コッペパン専門店「ハト屋パン店」をはじめ、趣あるお店が並びます(写真撮影/内海明啓)

下町文化の魅力は国籍を超えて。まだまだ進化する京島に期待この5月には、京島にフランス出身のギヨームさんとクロエさんによるワインショップ「アペロ」がオープンしました。

ワインショップ「アペロ」は、京島の玄関ともいえる商店街入口にある長屋に(写真撮影/内海明啓)

東京都港区南青山で7年間、ワインバーを営んできた2人。以前から下町のコミュニティに親しみを感じていて、2号店の場所を京島に定めました。

「フランス人は、古いものやオールドスタイルだと感じられるものが大好き。旧来の価値観や伝統をどう“今”に生かすか、いつも考えているところがあって、その感覚とまちがリンクしたんです。いつかゆったりワインを楽しむ時間を、地域の人たちとつくっていけたらと思っています」

「アペロ」スタッフの猿田知子さん。ワインはビオがほとんど。フランスのあらゆる地域と種類をそろえます(写真撮影/内海明啓)

メキシコ出身の建築家、ラファエル・バルボアさんは約1年前からオフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を構え、一角にフリースペース「UNTITLED SPACE」を設けています。

「ここでは誰もが住む人の顔を知っていて、そのことで面白さが生まれている。コミュニティのセンスがあるまちだと感じます。
私はパブリックとプライベートスペースの役割に興味があって、週末にギャラリーとして使ったり、卓球台を置いたりして、仕事場を開放しているんです。今後はさまざまなクリエイターとのコラボレーションにも挑戦してみたいですね」

「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を主宰する建築家のラファエル・バルボアさん。日本の建築に関心があったのが、来日のきっかけです(写真撮影/内海明啓)

フリースペース「untitled space」兼オフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」の入口。地元の人がくつろげるよう軒先にベンチを置き、週末は三角スペースまでをまちに開いています(写真撮影/内海明啓)

さまざまな動きのなかで、古さが今に生かされるまちへと進化していった京島。豊かさに触れるには、まず訪れてみるのが一番。それがこのまちとつながり、自分らしい表現をする一歩になるのかもしれません。

●取材協力
すみだ向島EXPO
キラキラ橘商店街
アペロワインショップ
STUDIO WASABI ARCHITECTURE

後藤大輝さん
090-4164-8383
info@himatoumejii.co.jp

(星野真希子)

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